▼ Alternate world
いつからか、同じ夢を見ていた。
知らない人が夢に出てくる。その人は身体中に傷跡がある青年だ。緑色の特徴あるボサボサの長い髪。適当にひとつに纏めている。彼の名前はよく覚えていない。彼は二重人格。オレの恋人らしい。
恋人だなんて、現実のオレでは無縁のものだ。まあ、夢なんて非現実的なものが多い。
大人しく考えるなんてできないため、オレは朝から街に出てランニングコースを走ってきた。早朝だから、まだ通勤通学をする人なんていない。彼のことをなんとなく思い出しながら走り、帰ってくるとシドレが一人でロビーのソファに座っていた。一人でいるなんて珍しい。なにか考え事をしているのか、近付いても気が付かないみたいだ。オレは黙ったまま彼女の隣に座る。そこでやっとオレがいたことに気が付いた。
「あっ。ソラさん、おはようございます」
「おはようシドレ。朝からロビーなんかにいてどうしたの?」
「ふふ。久しぶりにいい夢を見たのでここで浸っていたのですよ。ロビーにいたらあの殿方が現れるのではないかと錯覚してしまいます」
「あの殿方って……?」
「いえいえ、ソラさんが気にすることはありません。どうせ私の妄想です」
ふうん、とオレはシドレに向けていた目を下に落とした。するとまたシドレのほうから上品にクスクスと笑う声がする。
「どうやらソラさんも私と同じように、あったことのない人物と出会う夢を見ているようですね」
「な!」
何で分かった!? オレはポーカーフェイスには自信がある。的確だ……。これが諜報部の幹部。なかなか侮れない。表情は変わっていなかったはずなのにどうして分かったんだろうか。
「ご存知でしょうか。この世にはパラレルワールドというものが存在します」
「パラレルワールドって……、漫画とか小説にある、あの?」
「はい、その通りです。ソラさんが見ている夢、もしかしたらパラレルワールドの私たちの記憶かも」
「え? あ、ああ……」
「ツバサさんとルイトさんも同じようなことを呟いていました」
「ルイトとツバサも?」
「はい。パラレルワールドだと思いますよ。みなさん一貫性があります。私はこう考えます」
シドレは絹のように綺麗な髪を少し撫でてから微笑んだ。不覚にも可愛いと思ってしまう。
「私たちは同じ時間を別の視点で見ているんです。パラレルワールド、信じますか?」
「……後藤さんや雄平たちがいる異世界に行ったことがあるオレに、そんな質問をしたって帰ってくる答えは解りきってるでしょ」
「ふふ、それもそうですね」
そうか、パラレルワールドの記憶なのか。
きっと出会わないだろう彼を思い出し、オレは何気なく自分の唇にそっと触れてみた。