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▼ World fusionV


コピーしたデータを上着の内側ポケットにあったケースにしまったシドレは槍を片手に窓から外へ飛び出た。
能力者とは違い、異能者は超人的な運動神経を持っていない。そのため、高いところから飛び降りる場合は骨折や、最悪の場合死んでしまう。無能者よりも治癒は早いものの死んでしまっては意味がない。しかしシドレのような一部の異能者は別だ。異能を駆使すれば、落ちる衝撃を抑えたり、頭が下に向くのを防ぐことができる。それが得意分野であるシドレの「重力操作」はいとも簡単に、静かに飛び降りることができた。「重力操作」という異能を完全に操作できるシドレにとって、それは容易いものだった。



『シドレ、近くに革命組織の一員らしい能力者がいる。気を付けろ。ちなみに男だ。残念だったな』

「ワールと交替したいです……」

『無理だ。……その場所から北北東にいる』

「気が乗りませんよぉ。女の子だったらいいのに……」

『女好きみたいなこというな。ちゃっちゃと走れ』

「私が好きなのは同性愛をメインにした同人ですー!」



重力操作を器用に使って走るスピードを上げながらシドレは頬を膨らませた。
数分走ると、トンファーを持った男を見つけ、シドレは槍を投げた。異能で威力を上げ、命中率も完璧だ。しかしその速い槍を男は――焔羅は回避した。



「おや、今の槍を避けるなんてなかなかですね……。……ふむ、能力者は初めて見たのですが歳上とは思えません」



「本当に男の方だったなんて」と小さく呟くが、シドレの声は焔羅に届かない。地面に深々と突き刺さった槍を重力操作で手元に引き付け、シドレは再び槍を手にした。



「えっと……、雇われたっていう異能者?」

「ええ。貴方は革命組織の方ですね。近づかないでください」

「え!?」



出会って早々、いきなり嫌われたのかとおもった。近づくな、なんて相当な毛嫌いだ。焔羅はなんとも言えない気分になったのだが、手ににぎるのはトンファー。超近距離型の武器だ。
それに相手の異能が気になっていた。槍はただ投げるよりも異常に速く、そして持ち主のもとへ戻っていった。焔羅の能力が「重力操作」であるため、相手も同じ種類のものなのか、と思っていたが「念動力」や「吸引能力」である可能性もある。

焔羅は相手の情報が少なくてまだ異能を判断することができない、と考察を中断して能力の「重力操作」を使った。シドレの動きを重力操作で封じてしまう。シドレは槍を地面について重くなった体に耐えていた。膝をついたシドレに焔羅がトンファーで攻撃をしようとした。
焔羅が近付く。
シドレは青くなる。



「ひ――!」

「うわ!?」

「ち、近付かないでください! 男性なんて大嫌いです!!」



シドレは一瞬で自分にかかっていた重力を異能で中和させると焔羅の重力を地面から真後ろに変換。近づいた焔羅を離した。



「へ……? なんか、ごめん?」

「許しませんよ!」



青ざめたままのシドレを見ながら焔羅は困ったように頭をかいた。
そのときシドレも、焔羅も、互いに異能、能力が同じだと悟っていた。シドレはわざと反撃をしないで、様子見として相手に攻撃をさせようとしていた。重力の攻撃を受けて膝をついたとき、すでにシドレは焔羅が「重力操作」の能力を持っていると確信していた。相手が男だとアイに言われた時点でシドレは槍を投げて使ってやると思っていたのだが相手が「重力操作」では、自分がよく使うように飛び道具など無効になってしまうだろう、と思った。ただ体に重力をかけるだけでは中和されてしまうことなど目に見えている。男性恐怖症ということもあり、シドレはもう帰りたかった。



「と、とりあえず落としてしまえばいいですよね……!」

「え?」



重力で落とす?
とでも言いたげに焔羅は首を傾げた、その刹那。地面に大きな亀裂が、深く、真っ直ぐに焔羅へ突き進んだ。亀裂の奥はただの闇。
焔羅は拳銃を取り出しながら亀裂から避ける。その際にシドレへ重力をかけたが、やはり中和された。
轟音がなり続ける。
重力操作能力同士の戦闘は止まない轟音が何度も続いた。「重力操作」の異能を完璧にコントロールできるシドレと、異能者よりも圧倒的に長生きをする焔羅。まるでアニメのように通常ではあり得ない高い攻撃が続いた。

外部の人が見れば訳のわからない戦闘かもしれない。
異能、または能力ではシドレが勝っていても純粋な戦闘能力では焔羅のほうが上をいっていた。
そんななか、シドレの通信にアイの『任務は終了だ。ソラの相手をしていた女が司令官を殺した。戻れ』という声が入り、シドレは突然に戦闘を止めた。それを異変とし、なにかあったのかと焔羅も止まる。



「あなたたちの勝ちです。ああああああ!! ち、近付かないでください! 離れてください!! 駄目なんです、男性だけはぁぁぁ……!」

「? 男が苦手? だから手を抜いてたのか?」

「手を抜いていたことバレてましたか。あなたもそうでしょう?」

「まあ……。女の子は殴りたくねえし」

「……優しいんですね。とにかく、私は男性はほんと、無理なのでもう帰らせていただきますね!」

「え、ちょ、聞きたいことがあるんだ……けど……」

「あなたから美味しそうな香りがします。フラグ回収のさいはお知らせくださいね」

「……は?」

「それでは失礼致します」

「待っ……、速!」



焔羅がまだ聞きたいことがある、というにも関わらず、先ほどの戦闘がまるで嘘のようにシドレは去っていった。
質問させないためか、男から離れたいためか、帰ったら自分を待っている薄い本を読むためか。



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