ミックス | ナノ


▼ A chance which has only once in a lifetime


地面を蹴る力は強かった。
草を踏み潰すのに遠慮はいらない。
風が通り過ぎ、髪が舞っている。

現在、校内の広い敷地を走り回るのはソラ・ヒーレント。入学したばかりの新一年生だ。ソラは長袖のブレザーの下に黒いシャツを着ていた。明らかに私服だ。これは校則違反になる。



(鬱陶しい)



包帯に全体を覆われた左腕を持ち上げ、手に握っていた懐中時計をみた。
走りはじめてから長い針の位置が全然違うところにある。
ソラは汗ひとつかいていない清々しい顔で後ろをみた。
そこには複数の上級生が罵倒しながら追い掛けている姿がある。

ソラは不良たちに追いかけられているのだ。ソラ自身、どうして追いかけられているのかよくわかっていないが心当たりはあった。
自分の服装と態度だ。
ソラは制服のブレザーの下に私服を着ている上、上級生に対する態度はまるでなっていない。意図的に挑発するような態度をとったソラに悪い点はあるが、今は授業中だ。お互い授業をサボっているのだからソラだけが悪いというわけではないだろう。



「まてよゴルァ!!」

「誰が素直に待つかっつの」



聞こえないように悪態をつきながらソラは適当に落ちている石を拾って投げた。当てるつもりはなく、気が石に散らないかと考えたのだった。
放物線を描く石はソラを追いかける不良たちの頭上に到達したところで石の周りが一瞬光った。石は弾けたように別のところへ飛んでいってしまった。

一見なにが起きたかまったくわからない。だが良眼能力のソラはその瞬間をはっきり見ていた。



「電流操作か……。めんどくさ」

「ほぉ、光の速さが見えるのか。中坊。普通なら光っただけで正体、ましてや異能まではわからねェんだが……、面白い中坊だな」

「本当に暇ですね。先輩方は三年生でしょう? 勉強したらどうですか」

「ンだと!?」



はっ、と相変わらず鼻で笑って嘲笑した。
そしてまた前を向いたとき、ガッという鈍い音が背後でした。



「は?」



なにが起きたのか、と走っていた足を止めながらソラは振り返った。眉間にシワを少し寄せて、今度はなんだと呆れるような感情を抑えながら。
カサ、と足元に何かが落ちた音がしてなんとなくそこをみると、名前を知っている、ここにあるわけがない物体が落ちていた。



「ペンチ? 技術室から遠いのに、なんで」

「悪ぃ!」



ソラだけでなく、ペンチが頭に当たって倒れた不良の仲間も「どうしてペンチが?」と思っているときに新しい登場人物の声が降りかかった。



「手がすべってペンチがそっちにとんだんだけど……、どこにいったか知ら……あれ?」



静まり返ったその空間に流れる雰囲気。新しい登場人物である彼はそれにやっと気が付いた。

一方のソラは彼の髪を見ていた。緑色。緑色をしているのだ。染めていたとしてもそれは教師の目に止まる。変な人だとソラは彼から目を離さなかった。目付きが悪く無表情のソラはまるで睨んでいるよう。



(この空気なんだ……)

「……」



彼は首を傾げようとした。
不良たちのイライラとした雰囲気をソラが悟るなか、彼は気付いているのか否か、落ち着いている。



「じゃ」



ソラは彼の方にゆっくり歩み寄りながら肩に手を置いた。そして彼の顔を視界に入れないまま言う。



「知らない先輩、あとよろしく」



ソラは走ってその場から逃げた。
それは速く、彼は返事も出来ないままソラの姿を見失ったのだった。そして険悪な空気のなか、「えっ?」と呟く。不良の標的が彼に変更された。




- ナノ -