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緋里さまの「BAD END」ツバサ視点です。
やはりネタバレを含みますので、SSSの第二部まで読まれることをおすすめします。
彼女――リィンを連れて十闇が帰ったあと、ツバサはひとりで珈琲を飲んでいた。
本当は飲む気がしなかったのだが、なにかをしていないと落ち着かなかった。これが夢であって欲しいと、珈琲で目は覚めないか、と馬鹿のように夢を願っていた。
珈琲を飲んでいる最中、ツバサは何度も吐血した。不死の身体において、いくら血が減ろうが些細なことで気に止める必要のない出来事。
珈琲を飲む、という行為はシナリオに記されていない。だから罰がくだるのだが、ツバサは珈琲を飲むのを止めない。
座っているソファは本来の色から血の色へ変化していく。
「わかってたのに」
鉄の味を噛み締め、ツバサはポツリと呟いた。
"シナリオ"でこの展開はわかっていた。
好きになった時から彼女が先にいなくなるとわかっていた。
覚悟はしていたのに、胸にはぽっかりと風穴が空いていた。
リィンも、好きでイヨを消したわけではない。誰もイヨが消えることを望んでいない。
ツバサの脳裏にイヨが映し出されては次へ次へと消えていく。
この感情をなんというのか、永く生きるツバサにもわからなかった。
ただ「悲しい」の三文字では済まされない。
不思議と涙が流れない。
ツバサは自嘲した。
自然と手がイヨのさいごに触った髪に触れる。
熱は消えたが、記憶にのこる感触はしっかりと存在していた。
イヨがしたまばたき。
イヨがした呼吸。
イヨが発した声。
イヨが動かした手。
イヨの香り。
さいごまで彼女がいとおしくて。さいごまで自分の名前を呼んでくれた彼女の声に胸が締め付けられて。
ツバサは息を吐いた。
上を向いてもあるのは無機質な天井で、空は広がっていない。イヨがのぞき込んでいるわけではない。
この感情をツバサは何度も何度も体験している。その度、苦しくなって、己の不死という異能を好きになれなかった。
「……ツバサ」
控えめに部屋の出入口からテアの声がしてツバサは振り向いた。
そこには事情を知って駆けつけたらしいテアと、彼女に無理矢理連れて来られたリャク。
テアはわかるがなぜリャクがいるんだ、とツバサは珈琲の入ったカップをつよく握った。
「帰る」
「まって、まってリャク!ツバサも睨まないで!」
「帰れよ」
「ちょ、ちょっと!」
テアがリャクの手をつかんで帰るのを止めるとツバサに向き直った。あえてツバサの周囲が赤いことに触れない。ツバサが座るソファが血だらけなのがリャクの目に止まるとリャクの眉がぴくりと動いた。研究対象が情緒不安定になっては困るのだろう。
「話は聞いたわ。ツバサがいま一人でいたいのはわかってるけど……」
ツバサのちょうど正面にあるソファにテアがリャクの手を引いたまま座った。リャクもつられて座るも、やはり犬猿の仲であるからか、しかめっ面だ。
「ツバサにはちゃんと私たちがいるの。上手に言えないけれど……。ツバサのできた穴は埋めれないわ。彼女を忘れろなんて言わない。あなたは一人じゃないっていうことを言いたくて」
「これ、全部ツバサの受け売りだけどね」と苦笑するテアをまっすぐ見つめて、そういえばそんなことをいつか言った気がする、と思った。
「じゃあ、私はそれだけ言いに来たから……、その……」
「珈琲ではなくジュースでも飲んでいれば可愛いげがあるものを。ティア」
今度はリャクがテアの手をひいて部屋から出ていった。
それをなにも言わず見送ったツバサはまだ珈琲が残るカップをテーブルに置いて、血がついていない隣を擦った。
「さようなら、イヨ」
彼の表情は誰も知らない。ただその声だけが部屋にいつまでも響いた。
━━━━━━━………‥‥・・
「珈琲ではなくジュースでも飲んでいれば可愛いげがあるものを」はリャクにとってのデレでした。はい。
たぶんツバサはこれから無意識にイヨさんが触った髪の部分を撫でるのが癖になったんだと思います。というか、そうなれ