▼ Stray child
「ナナリーさん、一人ですか?珍しいですね」
「あ、シドレ!久しぶり!」
「隣いいですか?」
「うん、いいよ。あ、今本どけるね」
談話室の隅にあるソファにナナリーが一人で読書をしていたのがシドレの視界に入り、隣に座った。たまたま見えた本の中身は天文学のことが書かれているようだった。ナナリーが趣味で読む本はどれもこれも研究エリアにあるもので、シドレにはよくわからないものばかりだった。
「珍しいですね。リャク様と一緒いないで一人なんて」
「リャク様はいま研究室に込もってしまって……。こりゃ二ヶ月は出てこないよ。私は深刻なショタ不足!小学生の家庭教師とか塾のアルバイトしよっかなーって思ってるの!
そういうシドレは?いつも3人でいるのに」
「アイはお仕事、ワールはソラさんと手合わせしてるところだと思いますよ?さっきツバサさんの暇潰しにされて大変だったんですから」
「そ、そっかー、大変だねー」
「性転換してアイとワール以外みんな女の子になればいいのに」
「そんなことしたら人類絶滅だよ?それにロリだけじゃ寂しいよ。ショタ!」
バシバシと本を叩く。ナナリーの白衣から薬品の臭いがして、シドレは「性転換の実験やってないかなー」と声に出さず思った。
「あ、そろそろ仕事に戻らなきゃ。それに見付かったらリャク様に怒られちゃう。ショタだから美味しいけどねー。じゃあねシドレ。またいっぱい話そうね」
談話室の古時計が音を鳴らすと、ナナリーは白衣を翻して本を抱えたままそこから立ち去った。
シドレもそろそろワールのところへ行こうと立ち上がった時、聞き覚えがある声がして非常に速く、本当に速く振り向いた。シドレの目線の前にはイヨ――の兄である日暗だ。シドレはつい大声で「師匠!」と彼を呼び止めた。彼もシドレに気が付き、近寄るが、シドレの男性恐怖症を考慮してその距離は通常会話するよりも離れている。
「師匠が談話室にいるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」
「なんかうろうろしてたら迷子になってさー」
「変な所入ったらうちの暗殺者が動きますよ?どこに行きたいんですか?」
「お、案内してくれる?シドレちゃん優し!」
「きゃあああ!?一歩踏み出さないでください!!」
日暗がシドレへ一歩踏み出せば彼女は叫んで五歩ほど下がった。
先ほどよりすこし遠くなったそこでシドレはもう一度目的地を聞く。日暗はイヨの忘れ物を取りに来たと言う。
「忘れ物……、ああ、そういえば掃除当番の人がどうとか……」
「それそれ」
「でもどうしてイヨさんじゃなくて師匠が?」
歩き出したシドレに日暗は笑顔で一言告げた。
「イヨに近付く口実
あとシドレちゃんに触るタイミ」「変態が居ます!変態です!助けて!」
自分も変態であるのにシドレは叫んだ。「うるっさいわよシドレ!」「耳に響くだろ!」とどこからか怒声がしたが、シドレは見向きもせず日暗から距離をおいた。