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▼ Loss of memory


緋里さまの泡沫の続きです






















もともと知識欲が旺盛なツバサにとってイヨの返事は残念なものだった。だが、ツバサは心の内で笑っていた。

それでこそ情報の価値が上がるというもの

実に面白い

そう私情を挟んだ途端ツバサは咳き込んだ。


酒の入ったグラスを持ってツバサはイヨの隣に座った。右手にグラスを持って左手でイヨの落としたフォークを拾う。銀色に光を反射するフォークを眺めたあとツバサは顔をしたに向けるイヨを見た。



「俺を忘れないモノねぇ……」



そう簡単には思い付かない。イヨは欲するものをすぐに訂正したがツバサはそれだと認識してしまっているように見える。
彼女が何かを隠していることは解っていた。だがツバサは自身が立ち入る領域でないことも解ってしまっていた。



「ケーキでいい、ぞ」



呟くイヨはまだ顔をあげない。ツバサはその言葉をまるで聞かなかったことにして話す。



「人ってさ、活性されてる脳に限界があるでしょ?だから要らない思い出はどんどん消えていく。その要らない思い出はとくに印象がなかった記憶だと思うんだよね」

「……」

「印象なんて人それぞれ。それに例え強い印象がある記憶があったとしても脳を叩けば忘れる。思い出すことは難しい。
――俺は歳を重ねれば周りにいる人達を忘れると思う。脳に限界はあるんだ。俺が今すぐに思い浮かべられる部下たちだって500年すれば忘れてるかもしれない。イヨの前ではあまり言いたくなかったんだけど前の俺の彼女なんて、どんな顔をしていたかもう忘れちゃったよ。つまりさ、忘れられない存在は無いと俺は思う。生きるって恐怖だ。いつ死ぬかわからない恐怖……、それもあるんだけれどいつ誰が記憶から抹消されるかわからない恐怖もあるんじゃないかな。その恐怖はあって当然。たとえ病人や障害者、健康体の一般人であってもそれは同じ。恐怖を身近に感じているか否かの違いだけだよ。
だからイヨの期待にはこたえられない」



ここまで一気に話したツバサは酒を少し喉に通した。イヨの拳が強く握られているのが視界の端に映る。そして同時に視界に入っているフォークをツバサは逆手に握った。



「互いにいつか忘れてしまうかもしれない。だから今だけは気休めを」



イヨの
強く握る拳に
フォークの
切っ先を
埋め込んだ

あまりにも唐突。
流れる血はまるでワインの様に美しい。
フォークを引き抜けばさらに溢れる赤い液体。
フォークに付着しているイヨの血をツバサは舐めた。



「――ッ!」

「この傷跡もすぐに消える。消えてしまうけれど、消えてしまうまでの気休めにいいかもしれない」



すっとツバサのフォークをもつ左手がイヨの黒い傷口を覆った。途端に痛みは癒え、ツバサが手を離した時には傷口はなく、血も無かった。あるのは薄い傷跡だけ。



「この記憶がイヨにとって印象があるものになるのかっていう疑問は置いておこう」

「――ツバ、」

「どちらかがどちらかを忘れても……。例えイヨが俺を記憶から抹消しようとも、俺はその現実を受け止める。人間の想いって案外凄いんだよね。簡単に挫けない」



ツバサは下を向くイヨが顔をあげる寸前で彼女を腕に閉じ込めた。




━━━━………‥‥・・


な、なにも言わないでくれ……
何がしたかったのか自分でもわからない上イヨさんあんま喋ってない……!!

とにかく永倉とツバサがイヨさんを慰めたかったというかなんというかスライディング土下座させてくださいっ!うわぁぁああぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁん!!(逃




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