ミックス | ナノ


▼ 前触れもなく



「……な、んだって……!?」



僕はテレビのニュースに釘付けになった。
液晶画面に映る女性のニュースキャスターは真顔のまま、さっき言った言葉を繰り返す。



『――本日、巨大な隕石が地球に落下します――』



まるで機械のような無機質な声だった。







僕には家族がいない。五年前に死んでしまった。

いつも通り学校へ行くために玄関へ出るそれよりも早く、仏壇の前で手を合わせた。普段は「行ってきます」と両親とまだ外の空気を吸ったことがない妹にいうのだけれど、今日は違う。あのニュースキャスターが僕の脳裏に描き出された。どう考えても信じられない話だ。



「……嘘……」



そう楽観していられたのは空を見上げるまでだった。
高校の制服に身を包み、使い慣れてボロボロになってしまった靴を履いた僕は、色褪せた学生鞄を持ち上げた。教科書などは全部学校にあるから鞄は軽い。
メールのチェックをしながら通学路を歩く。メールの内容はみんな友達から。「今日は学校休む」「お前は学校いくのか?」「あとで会いに行く」そんな内容ばかり。そりゃそうだ。地球最後の日に嫌いな学校へ行くバカはいない。大切な家族や恋人、親友と過ごすのが常識。暗黙のルールといったところか。
「空、見てみろよ」最後にそんなことが書かれたメールがあった。幼馴染みのやつからだ。僕は言われた通りに見上げた。そして現実に恐怖したのだ。

真っ青な空に一線。

昨日まであるはずのなかった生命線。

短いその線は僕の残り時間を示している様で怖かった。手が震える。鞄を何度も落としそうになった。ガチガチと歯が何度もぶつかり合った。すうっと体温が抜けていく感覚がおさまらない。



学校についた。

学校に辿り着くまでの記憶は曖昧。

ガランとしたからっぽの教室に入れば、やはり誰一人いなかった。僕の好きな女の子も、当然――。



「……墓参りに、行こう。」



まるで現実から目を背けるように僕は教室を後にする。

家族が眠る墓地に到着したのは正午。空腹なんて忘れていた。
墓地に入って、なんだか不安が少し取り除かれた気がした。なんだろう。少し安心する。

僕は両親と妹が眠る墓を綺麗に掃除した。夕方になっても、制服が汚れても、ずっと。ずっと。



「あれ?もしかして……。」



無我夢中で掃除をしていたら後ろから声をかけられた。振り向くとそこには僕が勝手に密かに想いを寄せる女の子がいた。私服を着る彼女は制服じゃなくてなんだか新鮮。
どきりと胸が高鳴った。



「どうしたの?君もお墓参り?」

「君も=H」

「うん。」



僕が復唱すれば彼女はうなずいた。世界がなくなる時にお墓参り……か。彼女も僕と同じで大切な誰かが眠っているのかもしれない。



「学校行ったの?」



僕が制服姿であることに気が付いたらしい。



「そうだよ。誰もいなかったけどね。」

「そっか……。あのね、ここには私の両親が眠ってるの。」

「!僕も両親と妹がいるんだ」

「え!?そうなの?」

「最期はここにしようかなって。親友とかよりも家族優先に」

「私も、同じ」



彼女の無理した笑顔が胸に突き刺さった。今にも消えて無くなってしまいそうに、儚い。



「……あっ、あのさ、こうやって会ったのも何かの縁だと思うの」



顔を赤らめて彼女はもじもじと言いにくそうに僕から目線を外した。それでも僕は彼女の目を見る。



「最期に……私と居てくれますか……?」



さみしくて、と続けた彼女を僕は抱き締めた。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。
だから僕は縦に頷いて返事をした。


すでに辺りは暗い。



「なんだか実感がないの。やり残したことだって、いっぱいあるのに」



彼女は顔をうつ向かせた。僕は彼女の小さな背中を撫でて安心させようとする。
彼女は苦笑いを浮かべたまま僕の目をまっすぐ見た。



「暗い話はダメだね。やめよやめよ!」



パンパンと彼女は手を叩いた。

空の線は濃い。

僕は幸せだ。

最期を大好きな彼女と過ごせるなんて。

家族も近くにいる。

やり残したことはある。

けれど満足している。

――ただ、彼女に告白できないことは辛い

最期に彼女を困らせたくない

だから隕石が地球にぶつかる寸前も僕は彼女への想いを隠して他愛のない話をする。



「ねえ、私の自己満足に付き合ってくれる?」

「なに?」

「実

!?

来世で会おう!約束だよ」


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