私が無事に完治したのは朝日が昇る早朝だった。私の心臓が抜きとられたのが午前3時らしい。智雅くん曰く「抜き取った奴と抜き取られた葵ちゃんがくせ者で時間がかかった」らしい。どうやら抜き取ったのは「死神」の異名をもつ異能者なんだとか。てっきり山田さんが私の心臓を食べたのかと疑ってしまった。


「てか智雅くんって欠損の治癒ができたんだ。できないって言わなかったっけ?」

「基本的にはできないよ。葵ちゃんも知ってるだろうけど、不老不死はもともと自分以外の治癒はできないから」

「基本的にはって……?」

「特定条件下なら治癒という治癒ならなんでもできるよ。不老不死の異能だけでね」

「なんかよくわかんないけど智雅くんってすごいね。なんでもできて」

「できないことも多いけどね。未完成なのが一番だよ」


智雅くんはまるで神様みたいだ。本人は神をものすごく嫌ってるからそんなことは口にはしないが。きっと長生きしているからこそ、得る経験もまた違うのだろう。もう気が遠くなるほど永い時間をトリップしている私なんかとは比べ物にならないほど。


「特定条件下ってのは、この時間軸の世界にいることだから他の世界とかではだいたいできないけどね」

「私、運が良かったかな」

「うん、そういうこと。でも心臓が奪われちゃったから運が悪かったとも言えるけど」

「あはは、そうだね」


早朝の風を智雅くんとベランダで受けながら笑った。血だらけて穴の空いた服は捨てることにして、いまは明の部屋着を借りている。いつかどこかの世界で制服は質が良くて長持ちするから複数もらっておいて良かった。


「……死神って何者なの?」

「その名の通り。つまり通り魔みたいな」

「人殺し!?」

「葵ちゃんが驚くこと?」


智雅くんは笑った。いやまあ確かに既に心臓取られたし私も人を殺したことがあるけど、え? 不法侵入した上に臓器の窃盗? けっこう悪いヤツじゃない。私も決して自分が善人とは言えないが、理由もなく人を殺したりしない。


「私の心臓、どうするんだろう」

「食べちゃうんじゃない?」

「食べるの!?」

「ある意味葵ちゃんは美味しいから」


眩しい朝日にとは裏腹に寒気がした。私の心臓を奪っていった「死神」は一体何者なのだろうか。智雅くんは「ラルースとクローム」と口にしていた。二人、なのかな。
私は自分の心臓がある位置の胸に触れる。智雅くんに蘇生された心臓。明ににぎられた手。


「……私、この前山田さんに相談したの」

「えー、俺より先に山田ー? で、何を?」

「私は何者なんだろうって」

「……」


その疑問は解消されていない。


「人間じゃないって言われた。答えには自力でたどり着けって言われた。トリップする理由もわからない。……家に、帰りたい……っ」

明の近くはとても心地よい。まるで帰る場所のようだった。
夢でお兄ちゃんに会った。家の中にいた。

落ち着く心地よさを思い出してしまった。安心できるあの感覚を。


「……分かんないなぁ」


智雅くんは少し悲しそうに呟く。
そうか。本物の不老不死に創られた、偽物。家族だとかそういうのは分からないのか……。


「俺、本体から過去も感情も全部継承したから家族とか分かるけど、うーん」

「あれ、そういうのも?」

「そそ。俺は創られたけど、それ以外は本体と同一人物だからさ。本体の全部を引き継いでるから。だから家族は知ってるよ? 兄と妹と両親がいたんだけど。まあでも帰れるといいよね、葵ちゃん」

「……うん」

「あー、もう。泣きそうだな。ほら、俺の胸を貸してあげるよ。葵ちゃんだって生きてるんだから、弱音を吐いたっておかしくないんだよ? 強がらないで」


ほら、と智雅くんは私の方を向いて両手を広げた。智雅くんは小学生ほどの外見とは裏腹にとんでもない観察力と包容力を見せてくる。私は重たいため息を吐いた。
智雅くんには敵わない。


「は、恥ずかしいから弱音に付き合ってくれるだけでいいよ」

「それが強がりだって。甘えて甘えて。おじいちゃんは葵ちゃんに甘えて欲しいのー。俺のわがままに付き合ってよ」


智雅くんは無理矢理、飛び込むように私に抱き付いた。私の頭を肩に乗せて背中を優しく叩かれる。「痛かったね、辛いよね。苦しいよね」と悲痛な声で言う。全身の傷跡が癒えるようにジワジワの言葉が染み込む。
目尻が熱くなる。沸き上がって来ることのなかった深層の感情が沸騰する。小さかった嗚咽は大きくなっていく。
小さくて大きな彼に私は弱音を溢して泣いた。