やけに時間が長いように感じる。死の間際というのは時間が止まっているような錯覚を覚えるらしいが、本当だったのか。……私にこんなことをしているのは山田さんだろうか。山田さんならこんなことをしてもおかしくない。


「葵!!」


智雅くんの声だ。智雅くんが明の部屋のドアを蹴破る。私の心臓を掴んでいた者は、ふ、と消えてしまった。私の心臓をもって。大きな舌打ちをして、智雅くんは私に寄ると考えるまでもなく真っ先に治癒をかけた。

いくら智雅くんが不老不死という絶対的な治癒能力を持っていても他人の欠損は完全に回復できるわけがない。そもそも智雅くんの「不老不死」という異能は自分自身にのみ効果を発揮するもので、自身以外の治癒ができるはずがないのだ。他人の掠り傷一つさえ治療することはまず不可能。それをどうしたのか、智雅くんは他人の怪我をいとも簡単に治癒している。が、それは本来あり得ないのだ。
自己蘇生が本来の智雅くんに他者蘇生など気休めにしかならない。

これまで何度も死にかけてきた私だが、さすかに心臓がなければ死ぬしかない。


「智雅、葵は大丈夫なの……!?」

「明ねーちゃんは山田を連れてきて! たぶんベランダで月見酒してるから」

「わ、わかった!」


ドアから覗いていた明は大きく頷いてバタバタと駆ける。てか山田さん、またお酒なんて飲んでるんだ。


「ちょうど明ねーちゃんがいる世界でよかった。……いや、ここだからラルースとクロームが居たんだけど」


不思議と全身に血が通っているのが分かる。心臓がないのに。智雅くんがなにかしているんだろうことは理解できるが、何をしているのだろう。私は心臓があるはずの胸を見てみた。右手を私の心臓にかざしながら左手で器用に私の服を脱がす智雅くんの手がある。いつの間に服を。


「ごめんね、葵ちゃん。脱がしてて」

「気が、つかなかった……」

「うん。痛いだろうから感覚を弄らせて貰ったんだ。何も言わなくてごめん」

「そっ……か。いい、よ」


声はまるで虫の息。自分でもよく聞こえない声を智雅くんは真剣によく聞いてくれる。服にポッカリと穴を空けた制服を脱がされ、真っ赤に染まった素肌が露になる。智雅くんが気を使って、上半身が全開になることは避けられたが、私の体に空けられた穴は拳ひとつぶん。ちょうど心臓の大きさだ。
肋骨が剥き出しの胸に智雅くんか治癒を施してくれる。欠損した心臓はゆっくりと再生されていく。欠損を治療できるなんて初耳だ。


「ツバサ! 山田さん連れてきたよ!」

「ありがとう。明ねーちゃんもこっち来て」

「私、葵に何かできることはない?」

「明ねーちゃんはエレメントを……」


智雅くんと明が忙しくなる。そのなかで山田さんは私の頭のそばに来ると「生きていたか」と呟いた。


「ふん。これではどちらが封印しているのか分からんな。実に滑稽なことだ」

「?」

「末恐ろしい小娘だ」


山田さんの言っていることはわからない。まあ、ひとりごとを言っているのだから私には分からないものなのだけれど。山田さんはドカッと枕元の、私の頭の真横に座った。山田さんは無言で、智雅くんの手元を眺める。智雅くんの指は時折ピクリと動き、確実に心臓を再生させていた。明の妙に暖かい手が私の手を包む。明から何かが送られてきているみたいだ。なんだか、落ち着く。スッと心が軽くなり、なんだか宙を漂っているようだ。

このまま目蓋を閉じて眠ったら私は消えてしまうような、そんな心地好さであった。