ケタケタと笑う向こうのワタシは突発的に動いた。明はポケットから小さな鉄球を取り出すとそれを宙に浮かばせた。突発的に動いた。ワタシは明を蹴りあげる。しかし明は大鎌で弾き返すと、鉄を杭のように鋭く尖らせてワタシを狙い撃った。

怪我のせいか動けない私はただもう一人のワタシと明の動きを目で追うことしかできない。血を吹くワタシ。明が大鎌を構え、勢いよく横に薙いだ。ワタシは真っ二つになり、そして蒸発するように消えた。
今のは一体なんだったのだろう。

カチャリとどこからか音がなる。ふと私は手首が冷たいことに気が付いた。手首をみれば、そこには、手錠があった。私の手首を貫くように、手錠の内側には長い針があり、手首を貫通している。とっさに、嫌な記憶が脳裏にフラッシュバックする。肘をたてて後ろに退こうとしたが、お兄ちゃんにやられた怪我が痛んで動けない。身体中の傷跡が唸る。
私の異変に気が付いた明は私の元へ寄ってきたが、私に明へ意識を向けるほどの余裕は存在しない。


「悪夢……!」


ヘドを吐くように言い捨てた。
早く覚めて。醒めて。冷めて。褪めて。


「……葵、ごめん」


明が謝る。手錠に優しく彼女の手が触れた。
私は明を見たが、明は私に突き刺さる手錠に目を落としている。私も明の後を追うように手錠を見る。
ゆっくりと手錠は外れる。明の「鉄鋼支配」という異能だろう。


「私の幻の影響で夢が覚めにくいのかもしれない……」

「明の影響?」

「うん。私の異能には幻を操るものがあるの」

「明は自分の異能を制御できないってこと?」

「できるよ。……ただ、私の異能を介して暴走している力があるのかもしれない」

「異能とは別の力……?」


なにそれ。明は悔しそうに顔を反らした。それはまるで泣きそうで、怒りそうだった。

そして世界は暗転した。

まるで視覚を奪われたかのようにただの黒しかない。明は消えていた。手首も胴体も痛くない。ただ、直感した。目の前に恐ろしい神がいる。そんな感覚に。ここは神の領域。勝手に呼吸をしようものなら、勝手にまばたきをしようものなら殺してしまう。すべてを神に支配されたような空間だ。
ここは何処なのだ?

寒気がする。体が沸騰しそうなくらい火照っている。


? なんで?

私は夢から覚めたいのになんで続行してんの。夢のなかで「ここは夢だ」と自覚しているときは眠りが物凄く浅いのではなかっただろうか。なんで起きないの、私。
ほら、がんばってよ。ねえ。
手足をジタバタと動かしてみる。実際に動かせているのかは不明だが。まったく無意味な行動をしばらく続けたところで、冷たい何かが私の首を撫でた。


「っ!?」


するり、するり。と首筋を往復している。


「あ」


これは指だ。しばらく首筋を撫でていた指は一旦離れ、そして突如として私の胸を突いた。皮膚を肉をギチギチと指先が割き、邪魔な肋骨を折る。折られた肋骨は肺、横隔膜、胃を貫く。その手は私の心臓に触れるといとおしく掴んだ。酷い寒気が響いていた。痛い。とても痛い。異常に痛い。言葉にできないくらい痛い。しかし痛み以上に気味が悪い。吐き気がする。ゾッとする奇妙。まるで全身を虫という虫に喰われているかのような気味の悪さ。
私の胴から引き離される心臓をただ苦痛に歪めた瞳で眺めることしかできなかった。

これは夢だ。死ぬことはない。

――本当に?

目覚めた時間が深夜で、灯りが点いていないだけで本当は現実じゃないのか? 嫌な予感がする。私の目玉は暗闇を駆け巡った。五感が敏感に警戒する。その間にも心臓は私を離れていく。


(――嘘)


ここは、明の部屋だ。
私は明のベッドで眠っている。
カーテンで窓は閉められているが、この冷たく静かな空気を運ぶのは確かに夜。
消灯が点いていない真っ暗な部屋。

そこで私は殺されかけていた。