これは夢だ。

私がそれに気が付いたのは、暫く時間が過ぎたあとだ。おにいちゃんと斬馬刀をもつ少女から逃れるために家を飛び出したあとのことだった。すっかり忘れていたが、私は終わりの見えない永遠の旅をしているのだ。
どうしてこんなことを忘れていたのだろうか。こんなにも当たり前で、見に染みた嫌な常識を。


「あー、居たわ!」


斬馬刀の少女の声が響き渡る。私はとにかく無計画に走り回っていたため、少女に見つかってしまった。あわてて方向転換した先にはお兄ちゃんが。舌打ちする。

私が眠る前、山田さんが私になにかした様だが、それとこの夢は関係あるのだろうか。


「観念して倒されなさい!」


声を張る少女に人差し指を向けられる。
私が不快に眉をひそめていると、ドッと私の身体に衝撃が走った。なにかおかしい。そう思って、下を向いた。したになにかあると確信したわけではないのだ。それなのに、ふいにしたをむく。
そこには銀色の刃があった。


「……がはっ」


胴に刺さった剣がその場でぐるりと回る。わたしの肉は臓物はかき乱される。


「いっ――!? あっ、ぐあ……」


お兄ちゃんの銀一色の剣は私の肉と臓物をぐちゃぐちゃ肉塊にする。今まで私の体の一部だったのが嘘であるかのように服の内側に暖かい肉と臓物が溢れる。
痛い、痛い、痛い。不幸なことに、意識がシャットアウトしそうな激痛のなかでも意識は途切れることはなかった。旅の最中、激痛の耐性がついてしまったというのか。最悪だ。意識を失ってしまいたい。


「げふっ、ぅおえっ」


血が吐き出される。お兄ちゃんは剣を抜いた。

すると突然、真っ黒な部屋へ場面が変わった。なに、これ。夢って、わけわかんないものばっかだけど、本当にわけわかんない。なにここ。


「がっ。……はぁっ、はぁ、はあ」


ボタボタと血を吐く。怪我は持ち越すみたいだ。抉られたお腹が痛くて痛くて死んでしまいそうだ。血を吸った服は重たく、私は真っ黒な部屋で寝転がった。息が荒い。傷口が熱く、激痛を伴う。やけにリアルな痛みだ。はやく、夢から覚めないかな……。


「いったい」


床に広がり続ける血に浴びて、私は真っ黒を見上げる。あまりにも黒くて、目を瞑っているのではないかとゲシュタルト崩壊がはじまりそうだった。


「痛い」


全身の傷跡が疼くようだった。


「痛い」


山田さんはなんのために私を眠らせたのだろうか。こんな夢をみせるため? しかし私が怪我を負うこと以外に得たものなどない。こんな夢をみせて私をどうしたいというより、私を眠らせたことに意味があると思う。


「痛い」


それはなんなのか、まったく理解できない。
そもそも山田さんはいつも勝手なのだ。何も話してくれないからこっちだって山田さんをいつまでも理解できないではないか。なにか一言でも言ってくれればいいのに、どうして何も言わないのか。


「痛い」

「だっ、大丈夫!? 葵!」


私が山田さんに怒りを積もらせていると、唐突に明の慌てた声が耳を刺激した。