「ふん。まあ金髪などどうでも良い。小娘。眠れ」

「え?」


意識が重くなる。私は山田さんの言葉に従順に従ってしまい、そのまま眠った。

山田さんは謎ばかり。神の考えることなんて理解できなくて当然だ。しかしなぜ山田さんは私に「眠れ」と言ったのだろうか。余計なことは言わず、むしろ必要なことも言わず、私は山田さんが誘った世界に放り出された。

おはよう。

誰かがそう言った。私は閉じていた目を開ける。
と、そこには懐かしい景色が広がっていた。私と家族が暮らしていた家だ。ジャージ姿のお兄ちゃんがマグカップを持って私の顔を覗き込んでいる。私はどうやらソファで寝ていたようだった。体を起こすとお兄ちゃんは苦笑しながら言う。


「遠路はるばるこっちまで来て疲れたのは分かるけど、だからってソファで寝るなよな」


肩を落としながら笑うお兄ちゃん。
私とお兄ちゃんの両親は共働きで、母の転勤を機に家族は二つに別れて暮らしていた。私は父と残り、お兄ちゃんがお母さんと一緒に引っ越したのだ。夏休みという長期休校を利用して私は電車やバスに揺られて訪れたのだ。


「あれ、もう朝?」

「朝だよ。土曜日。俺は部活があるから早起きしたけど、母さんはまだ寝てる」

「お兄ちゃんもう出るの?」

「まだゆっくりしていくよ。葵は風呂に入ってこい」

「そうする。目玉焼き作ってあげよっか?」

「じゃあ頼むわ」

「うん」


私は14才で、お兄ちゃんは16才。高校に通うお兄ちゃんは運動部。土曜日も練習があるみたいだ。私は早く目玉焼きを作るために急いでリビングから風呂場へ急ぐ。

そこに、ふと、背筋が凍るほど鋭い殺気を感じた。慌てて横へ逸れる。すると、つい先程まで私がいた場所に一本の剣が突き刺さっていた。銀の一色で統一された剣は冷たい色を放つ。
私を狙った攻撃だった。


「……お兄ちゃん」


剣が飛んできた先に、私の兄がいた。お兄ちゃんは学校の制服であるブレザーを着ている。手には投げられた剣とおなじ剣が握られていた。その目は恐ろしいほど冷たく、周囲は極寒の真冬のように冷めきる。
無言でお兄ちゃんは一歩を踏み出した。一本の剣を顔の横で構えている。私は慌てて応戦体勢に入った。
剣に触れてしまう寸前で体をそらし、お兄ちゃんの足を引っ掛けて転ばせる。

あれ、私、なんでこんなに落ち着いているんだ。
どうして襲われることに耐性があるのだろうか。
……そういえば、これは教えてもらったのだ。金髪碧眼の少年に。

転んだお兄ちゃんはすぐに起き上がり、剣を切り上げる。上に持ち上がったその腕を掴み、そのまま腕を背中に捻り上げた。
彼に教えてもらった。そう、不老不死の彼に。


「止まりなさい」


す、と後ろから頬に触れる刀身。私の動きはピタリと停止した。力強い少女の声だ。続けて「彼を離しなさい」と言われたのでいう通りにした。声のした方を振り向くと、そこには長い髪をポニーテールにした少女がいた。誰だろう。お兄ちゃんのブレザーと同じ色をしたセーラー服を着、強気に立つ彼女は堂々としていた。凛とした彼女は長い刀――これは斬馬刀だろうか――を構えた。


「私を殺すの?」


私の声は冷めきっていた。私は正面で体勢を立て直すお兄ちゃんを眺めながら言う。一対多数の状況には慣れている。
私は何度も逆境に追い込まれた。何度も死にそうになって、何度も死にかけている。私は異世界をずっと、ずっと、ずっと、旅していたのだ。刀を突き付けられた程度なら、逆転の余地はある。