「――召喚術第四法」


光也の描く召喚陣はあまりにも巨大なものだった。学校の校舎全体を覆うほどの大きさを誇り、幾重にも召喚陣が回転する。



「キュベレー」


そう光也が唱え、召喚したのは地母神キュベレー。ヤマタノオロチが引き起こす洪水により鏡面世界を破壊されては困る。よって、こうして神を召喚したのだ。召喚術による神の召喚を省略化したため、召喚したこのキュベレーは本物ではないにせよ、キュベレーの名に恥じない力を発揮する。
呼び出されたキュベレーは本物の神を前に眉間にシワを寄せた。が、召喚されたからには光也の意思に沿う。洪水から鏡面世界を護ろうとした。が、直後に大蛇がキュベレーを見て、銅を伸ばし、そして、食べてしまった。

バキバキ。ベチャクチャ。

頭と体を食い千切り、悲鳴を上げる暇などなく。ちょうど光也の真上で召喚されていたキュベレーは、その血を雨のように落とす。いくら本物のキュベレーではないにしても、まさか首一本のヤマタノオロチに、こんなにもアッサリ殺されるとは。
まるで時が止まったように、誰一人、指先も動かせなかった。

キュベレーが偽物の神だと知らない私であったが、しかし神の名に相応しい地母神が無惨にも非情にも死んでいく様は背筋が凍る。

恐い。

恐い。

恐い。

ただ恐怖が私を襲う。だめだ、恐い。体が震える。


「ぐあ……っ」「光也、大丈夫!?」「やば。大蛇がこっち見た! 明ねーちゃん、幻! 光也にーちゃんは俺が診るから!」「わ、わかった!」「光也にーちゃん、呼吸をしっかり。治癒をするから意識を持っていかれないで」「智雅くん、この大蛇に幻が効かないよ!」「は!?」「駄目だ、四大元素を使うしかない……!」


神を食べた大蛇は、標的を智雅くんたちに変更した。神を召喚した光也は、食べられた衝撃か、吐血をし、目が充血している。左手を抑えてうずくまった。光也の左手をとって治癒を始める智雅くんと、大鎌を地面に突き立てて冷や汗を流す明。
チリ、と明の周囲で炎が舞った。直後に智雅くんが声を張る。


「四大元素は使うな、明ねーちゃん!!」


慌てる智雅くんに明が驚く。怒鳴り声のようなそれには私も驚いた。智雅くんは瞬間的に光也を完治させると、適応能力を使った。明の異能が効かなかったこともあり、智雅くんはいつも以上に真剣である。そこにはまったく感情というものを知らない無表情があった。大蛇は静かに顔を私と山田さんに向ける。どうやら智雅くんが頑張ったかいあって異能が効いたらしい。


『洪水なら私がなんとかするよ。大蛇のことはお願いしてもいいかな』


いつの間にかかよさんが私の隣にいた。今までどこにいたのか知らないが、手を貸してくれるのはありがたい。えっ。でも待って。たしかかよさんって、幽霊じゃないの? 幽霊がどう頑張るというの。
それを問おうとしたとき、かよさんは消えていた。同時に山田さんが動いたので腹から蛙を潰したかのような声が出た。


「山田さん、あの大蛇やばいよ!」

「あれも俺だ。当たり前だろうが」

「どうやってあれも封印するっていうの」

「こうする」


山田さんが開いている手を、そっと大蛇へ向けた。


「俺の弱点というのは、やはり俺が知っているものだな」


突如、大蛇が悲鳴をあげた。
体のあちこちから血を流すのだ。
山田さんに抱えられたまま、私は大蛇を見ていた。苦しそうにのたうち回る大蛇を見て、山田さんはただ、眉を寄せた。山田さんの感情は読み取れない。