あの……、本当に意味がわからないんですけど。なんで山田さんは私を脇に抱えて、自分自身である大蛇と戦ってるのでしょうか。
「喧しい」
「え。私、喋ってないよ」
さすが神様。心の中まで読めるご様子で……。
「不満らしいな、小娘」
「当然でしょ。智雅くんのところに放ってくれればいいのに」
「残念だが、あの俺は本能的に俺を封印するお前を狙うぞ」
「はい?」
「あのガキどもの所にお前を投げ捨てたところで、お前は死ぬ。自分の正体が分からないまま死にたいか? 俺は勘弁だな」
山田さんは空を見上げる。晴れていた空は曇りを増し、厚い雲に覆われる。まるで夜みたいに暗くなっていく周囲に、自然と不安が過った。私の曖昧だが一般より敏感な第六感は「逃げろ」と私に警告していた。
そして始まるのは災害だ。
以前、智雅くんは、ヤマタノオロチとは災害の体現だと言っていた。人間にはどうしようもできない圧倒的な現象。一瞬にして全てを奪い尽くす世界。 それが、まさに、目の前で、すぐ傍で、起きた。
「俺が封印を解かない理由を教えてやろうか」
赤い眼をした山田さんはなんだか機嫌が良いみたいだ。大蛇へ大量の武器を生成し、突き刺しながらニヤリと笑っている。
「こんなに窮屈な人間ごときの死体に押し込められているのに。わかるか? お前が賽子に押し込められているような苦しさだ」
私は無言のまま山田さんを見上げる。山田さんの持つ答えを私は知らないのだ。
「お前とあの金髪の運命をこの俺がねじ曲げたいがためだ」
「……なにそれ。復讐?」
「単なる支配欲よ。お前たちは俺が初めてみる歪だ。良くも悪くもねじ曲げてやろうではないか」
「私はともかく、智雅くんは難しいんじゃないかな」
智雅くんは、神を死ぬほど嫌っている。 山田さんを仲間にしたところで、彼の神嫌いは徹底的だ。山田さんの介入など一切受け付けないのではないだろうか。彼の好き嫌いは案外、分かりにくく、また、意外にも知らないことばかり。何十年、何百年、もしかしたら何千年、それよりもっと長く一緒に旅をしていたかもしれない私にも分からないことの方が多いのだ。智雅くんの自己防衛は恐ろしくなるほどだ。
「ああ、あのクソガキはそうだな。だが、ヤツには一つだけ隙がある」
「智雅くんに、隙?」
とうとう、厚い雲から大粒の雨が降ってきた。雷が鳴り、強い風が吹き荒れる。まるで嵐のようだ。 山田さんは降ってきた雨を全て大蛇へ向ける。目に見えないほど速く攻める雨は銃弾の威力に相当する。しかし大蛇には傷ひとつつかない。
「あの傀儡は、自身がどういう現状なのか理解していない。あのシナリオとやらの正体をな」
今度は大蛇が、山田さんと同じ攻撃を仕掛けていた。山田さんはそれらの雨を目の前で停止させた。私は息を飲んだ。智雅くん自身も知らないことを、このヤマタノオロチは……。暴虐無人であるが、やはり彼は神なのか。神話にも名高いあのヤマタノオロチ。人が知らない知識を持つ神。
「山田さん、やっぱり神様だね」
「当然だろうが」
続けて大蛇は、大きな地平線の向こうから津波を迫り寄せてきた。奥の方で明たちの慌てた声がし、光也が召喚術を使っているのが見えた。
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