大蛇の大きさは、初めてみたヤマタノオロチよりは小さく、ギリギリではあるがグラウンドにおさまっていた。ヤマタノオロチの鬼灯のような真っ赤な眼が鋭い眼光をもっている。殺気と威圧感だけで息苦しくなる。私だけではなく明と光也も、恐怖を前に呼吸を忘れていた。ただ一人。悠々としているのは山田さんだけだ。涼しい顔をしてタバコをふかしている。 あの大蛇と山田さんは同じく。互いが体の一部であり、本能的にもとに戻ろうとする。
本能的に。理性などなく。
「来るぞ。備えろ」
山田さんは、涼しい表情で当然のように注意を促した。 光也がとっさに、陣を描く。
私の知っている身近な異能者は智雅くんであるせいか、別の異能者の異能を見るのはなかなかない。
「これ、召喚師の力だよ。ああやって空中に素早く召喚陣を描いて、いろんなものを召喚するんだよ」
智雅くんは私の手を引いて、私より前に出ながら教えてくれた。陣から出てきたのは大鎌と、二対の剣だ。大鎌は明の手に、剣は光也の手におさまる。そして再度、光也は陣を描き出した。 その光也を背に、明は前に出る。ポケットから、なんと、鉄の塊を取り出した。拳ほどの大きさがある重たい鉄球を三つも。スカートに入っていたとは到底思えない大きさと重量である。
「明ねーちゃん、今日は様子見だよ!」
「はっ! 忘れてた!」
つい先程まで鋭い眼光となっていた目がぱっと丸くなる。光也が苦笑いをした。
「山田さん、あの大蛇と争わないで済む方法ってないの?」
「小娘は平和主義者だったか」
「いや、そんなことはないんだけど。ヤマタノオロチとやりあって私たちのほうが無事だとは思えないんだよね」
なんだか明と光也は戦うみたいだけど。そう言うと、山田さんは腕を組んだまま「無事なわけがないだろ」と当然の顔をした。でーすよねー。ならばここは戦ったり防御なんてするよりも逃げたほうがいいのではないでしょうか。
「ていうか、山田さんなんとかしてよ。あの大蛇! あれも山田さんでしょ」
「無論」
山田さんは自分の首飾りを睨んだあと、組んでいた腕をほどき、私の頭へ手を伸ばした。なに、なになに!? もしかして食べられるのでは、という危機を感じて背筋が凍った。 こんなところでそんなことはないと信じたいのだか、山田さんというのは理解しがたいことばかり。何をするのかわかったものではない。
「山田さん、なにを」
山田さんは私の頭をつかんで自分に寄せると、今度は私の首に腕をまわした。友情的な意味なんてまったく無い。容赦ない。首が絞まる絞まる!
「葵ちゃんと山田、いつの間にか仲良くなっちゃって」
「智雅くん!?」
「ごめんごめん。山田が何かしようっていうんだね。明ねーちゃん、光也にーちゃん、ストップストップ」
智雅くんは羨ましげに私と山田さんを見たが、そんなふざけている場合ではない。首が絞まってるんです! しかし私の首事情など誰も知らない。悲しい。 大蛇へ私の首を絞めながら近付く山田さん。え、待って。何をするの。
「小娘よ。今日この瞬間を忘れるなよ」
「どういうこと?」
「以前、俺はお前に自分の正体を見極めろと言ったな。自分が本当に人間なのか、化物なのか、死体なのか怪物なのか。……よく、覚えておけ」
大蛇はすでに眼前。真っ赤に滴る鉄の香りが鼻をつく。大蛇は大人しくこちらを見ていたが、どう考えても獲物を捕獲する捕食者の眼をギラギラと輝かせている。遠くの方で明や光也がなにやら言っていたが、うまく聞こえない。
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