鏡面世界からこちらの現実世界へ来るのと同じように、現実世界から鏡面世界に行くのはあっという間だった。気が付いたらそこは鏡面世界。表示されているなにもかもが逆さまの世界にはなぜか違和感などなかった。智雅くんがこんなところにまで適応能力を使っているとは思えないし、なぜ違和感などないのだろうか。


『明ちゃん。大蛇を先に探しておいたよ。まだ近くにいるから案内するね』


ん? え? あれ?
少女の声がする。聞いたことのない声だ。明ではないし、私でもない。まだ声変わりが済んでいない年齢の外見をしている智雅くんの声はもっと抑揚のある低い声だ。いま聞こえたのは、落ち着いた声。瑞季のおっとりした声よりも大人っぽい。


「うん、ありがとう。かよ」


かよ? 誰?


「なんだって?」

「かよが大蛇を見付けといてくれたんだって。これですぐに大蛇のところまで行けるね」

「おお、かよが探しといてくれたの? ラッキー! やったね、光也にーちゃん!」


当然のように「かよ」という人物を認識しているらしい智雅くんと光也は、明とともに話を進めていた。わけわかんない。
かよって誰。どこにいるの。彼らは何の話をしているんだ。


「……あ」

『?』


山田さんの隣でキョロキョロと辺りを見回していたら、なにか、目が合ってしまった。


『あ……、あれ? あらら?』


明の近くに浮遊する不思議な人物と。
どこか息苦しい真っ白なワンピースを着ており、その両袖は長く、両手が背の方へまわっている。まるで後ろ手で拘束されているようだ。手を覆ってしまう袖はよく見ると左右が繋がっており、出口がない。ああ、そういえば、両手を袖で拘束する拘束具があった世界に行ったことがある。彼女は捕まっているのか。
真っ白な拘束具とは真逆の艶やかな短い黒髪が、ふわりと浮かぶように靡いてこちらを見ると、首を傾げた。私と目が合っている。生気のない目が丸くなった。


『あっ、明ちゃん。……あのこ、誰?』

「え? ああ、あの子は葵。なんか異世界から来たんだって。ほら、ツバサと一緒に。ツバサは智雅って名乗ってるみたいだから、智雅って読んであげてね。で、あっちのおおきな人は山田さん。大蛇に用があるみたいだよ」

『葵……ちゃん?』

「かよ、知り合い?」

『いいえ。知らないよ。葵ちゃんは何者なの? 私と目が合ってるよ』

「えっ!?」


明の視線が急に私とかよさんを往復しはじめた。な、なんだというのだ……。


「小娘」


と、言って山田さんの肘が私の頭にのし掛かった。三白眼がこちらを見ている。


「あれは魂だ。肉体などない死者よ」

「えっ。山田さん、それってつまり……幽霊?」

「そうだな」

「?!」


かよさん、幽霊なの!?