合鍵をもった智雅くんのおかげで私たちは明の家に帰って来られた。家にはすでに明がいて、時計を見たら三時。三時に帰ってこられるなんで、ずいぶん早く学校が終わるんだな……。智雅くんが「またサボったの?」と困った顔をしていた。サボったのか。


「今回は私と光也で調査することになったよ。大蛇のために下準備ってとこかな。瑞季がいないからね」

「本当に私たちもついていっていいの? 疑わないの?」

「……疑わないよ。信じてるから。智雅を。葵と山田さんを」


明は困った顔をすることなく答えてくれた。疑うことを知らない、そんなふうに私の瞳にはうつったのだが……、うつったはずなのだが、どこか影がみえる。どう見たって屈託ない笑顔をしている明だが、その笑顔はなんだか暗く見えた。
私は追及などせず「ありがとう」と返した。


「あ、でもなんで鏡面世界に用があるのか知らないんだけど。良かったら教えてもらえないかな。協力できることならするよ」

「お前らが追っているその大蛇に用がある」

「じゃあ目的が一緒ってことかな」

「ああ。目的のモノは、な。お前らがあの大蛇をどうするのか知らんが、あの大蛇は俺の好きにさせてもらう」

「うん。いいよ」

「……」


快く明が頷いた。山田さんはポロリと床に煙草を落としてしまう。私と智雅くんが騒ぎながらも。慌てて煙草を拾った。火がついているのに。なんて無用心な。少し文句を言おうと山田さんを見た。珍しく山田さんは目を見開いて驚いていた。
この世界では智雅くんと山田さんの珍しい表情が見られる。


「面白い人間がいるな」


山田さんがため息混じりに言う。明は静かに首を傾げ、智雅くんが煙草を火を指で消しながら口を尖らせる。


「明ねーちゃんにちょっかい出さないでよね、山田。口説いたら許さない」

「はっ、こんな絶壁に口説かねぇよ。ふざけんな」

「明ねーちゃん、平均だから! 壁じゃない!」

「山田さんと智雅くんは何の話をしてるの……」


今度ため息をついたのは私だった。明はきょとんとしている。ぜひそのままの明でいてください。
私が心のなかで呟いていると、ピンポン、と呼び出しベルがかかった。明は返事をしながら玄関に駆けていく。きっと光也だ。鏡面世界へ行く心の準備をしよう。大きく深呼吸をしている最中、山田さんに背中を叩かれて変な声がした。玄関のほうから光也の笑い声がする。
ああ、もう、恥ずかしい。