その日はもう休むことにした。お風呂を借りて湯船でゆっくりする。山田さんの体は死体なので適当に拭くだけで済ませておく。 かぽーん。ああ、なごむー。
「葵ちゃん、ちょっといい?」
「えっ? 智雅くん!?」
「ああ、大丈夫。入らないから」
お風呂のドア越しに智雅くんの声が突然響いた。水が少し弾いた。
「急ぎ? ごめん、あと少しで出るから」
「いや、そういうことじゃなくてさ。葵ちゃん、なにか変化ない? この世界に来て」
「? とくに無いけど……。どういう意味?」
「ううん。なんでもないよ。気にしないで」
それだけ用事を済ませると智雅くんは立ち去った。 ……変化って……? 一体どうしてそんなことを聞くのだろうか。首を傾げるものの、答えなんてわからなかった。
翌日、私と智雅くん、山田さんは朝から食料調達へ出掛けた。調達できる世界でできるだけ調達しなければならない。街のことは智雅くんにほぼ全面的に任せることとなった。 明は現役高校生とのことで、行動はともにしていない。学校が終わった夕方にまた鏡面世界へ向かうそうだ。
「ッチ。なんで俺まで」
「ほーら山田。文句いわないでよ。昨日の深夜、繁華街へ行ったから別にいいでしょ?」
「え? 智雅くん、それどういうこと?」
「山田ってぶっちゃけ堕落してるからさ、ほら……。いかがわしい店とか行ったみたいだよ」
「……引くわー」
「まあ、処女に襲いかかるなんてアブノーマルな奴じゃなくて良かったって俺は安心してるけどね。処女はあくまで食料なんだってさ」
「私も智雅くんみたいにポジティブになりたい……」
いや、山田さんは酒が好きなのは知っていたけど、まさか女の人と遊ぶだなんて。
「死体とはいっても人間の肉体だからな。まずは人間を楽しもうと思ったんだが、やはり窮屈だ。腹が立つから遊んでた女を食ったがな」
「食べたの!?」
「食った」
「ってことは殺したんだ。……別にいいけどさ」
「殺すって事実に抵抗がない葵ちゃんがすきー」
抑揚のない声で智雅くんに誉められたところで嬉しくない。 まあ、山田さんも大人なわけだし……。私には分からないことがあることだろう。いかがわしい店に行くことだって、価値観の違いとかあるだろうし。山田さんも興味本意なんだろうし。私が気にしたってしょうがないことでもある。別に悪いことではないのだし。気にはなるけど、仕方がないといえば仕方がない。私に理解ができない領域があって当然なのだ。うん。
「換金は昨夜のうちに山田と俺が済ませといたから、さっさと用事を済ませちゃおう」
「私が寝てる間に何をしてるの、二人は……。あ、智雅くんはいかがわしい店に行ったの?」
「山田を待ってる間、適当にお姉さんと話してた。なにも知らない子どもって設定でね。オレンジジュースとお菓子をくれたよ」
「教育によろしくないです」
「お姉さんたちは可愛がってくれたし、何か事情持ちだと思ってあんまり踏み込んでこなかったし、俺の都合は良かったけどね」
「そんなもん?」
「そんなもん。ちなみにねー、山田の好みは女性らしい女性だよ。色っぽいグラマーな女性!」
智雅くん、それはどうでもいいよ……。 無口な山田さんは聞き手に回ることが多かったのだが私たちは雑談をしながら用を済ませることに。デパートに入って保存食を中心に買い物をする。三人でブラブラしていると、いつのまにか夕方となり、くたびれた山田さんをつれて明の家へ帰ることになった。
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