私が合気道しか知らないと知っている智雅くんは気遣って先制してくれた。しかしそれに当然ながら「今から行くね」や「始め」なんていう言葉はなくて、唐突だ。以前、智雅くんに合気道を習っているときもそうだった。私が火をおこしている最中や散策の最中に訓練を始めていた。いつ、なにが起こるか分からないからと。
今回「訓練しよう」と言ってくれたのが本当に珍しい。


「はじめに言っておくけど」


智雅くんの踏み込みは大きく、そして強い。勢いをつけた踏み込みの後にやってくるのは拳だ。容赦などない。


「葵ちゃんは観察力も注意力もあって、基本的に冷静だよね。でも」


こちらへとんできた拳を私は受け流し、彼の腕をつかんでそのまま投げ技を決めた。しかしやはり、智雅くんは受け身をとった。しかも起き上がるのも早い。起き上がったと同時に繰り出された蹴り上げに私は慌てて腕を防御にまわした。回避しようとおもえばできた速さだったかもしれない。


「詰めが甘い。もっと先を、敵の思考を読んで。ちなみに、今のは回避したほうが良かったね」

「っなんで?」

「防御は最終手段だよ。ホイホイ使うものじゃない。どうしても、って時だけ。だって相手の攻撃を受けるんだよ? どんな攻撃なのかわからないじゃん」

「……皆がみんな、ふつうの人ってわけじゃないもんね」

「そうそう。相手は魔術師かもしれない。錬金術師かもしれない。怪物かもしれない。妖怪かもしれない。……気を付けてね。だから回避したほうが無難かな」

「なるほど。うん、わかった」


智雅くんとの間合いを空ける。そして智雅くんが突っ込んできた。私は慌てず右へ避ける。すると智雅くんは突然急ブレーキをかけてとまり、その勢いをバネのようにして弾かせた。跳ねた智雅くんは天井を蹴り、私へ急降下する。私はもちろん転がって避けたのだが、流れるようにして智雅くんは追撃してきた。私の回避は間に合わない。しかし、智雅くんが速くて防御だって間に合わない!
私は片足を畳につけ、両手は膝と畳に触れている。智雅くんの方はまっすぐパンチをする構えだ。私は右手を振り上げ、智雅くんの腕を叩く。そのままつかんで立ち上がり、背後にまわりつつ腕を捻った。そうして智雅くんを制する。


「――葵ちゃん、詰めが甘いよ」


智雅くんの右手を捻っていたが、智雅くんは空いた左手で拳銃の銃口をこちらに突きつけていた。
いつの間に拳銃を? なんて思っているうちに訓練は終了。智雅くんは手加減をしてくれたが、彼は体術が得意だ。それなのに武器は拳銃を使う。最近は拳銃を使う機会なんてなかったのだが、彼は常に拳銃を携帯している。
油断してはならなかった。


「ばーん」


人差し指は折り曲げず、智雅くんは撃つ真似だけをした。私は彼から手を離し、ものの数分で完了してしまった訓練にため息だ。


「負けちゃった」

「葵ちゃんは合気道だけ使おうとしてるからもっと積極的にグイグイ行ったら? 合気道は相手の力を使って制するんだけど、それだと不便なこともあるよ」

「護身術だけじゃ辛いところがあるもんね、実際」

「でもいい線いってるよ葵ちゃん!」


拳銃を服の下へ戻し、智雅くんは私の肩をポンポンと叩く。ずっと見ているだけの山田さんは「ま、お前次第だな」と呟き、いつの間にか観客に加わっていた明は「凄いね、葵!」と褒めてくれた。