とりあえず、私たちは大穴が空いた場所へ向かうことにした。智雅くんはずっと落ち着かない様子で、あちこちに目を泳がせている。シナリオがないせいで落ち着かないのだろうか。それほどまでにシナリオが智雅くんの一部となっていたというのかな。しかし私はそうとは思えない。智雅くんが落ち着かないのは別の理由があるのではないか……。

……たとえば、ここが智雅くんの知っている世界……だとか。

智雅くんと出会った世界はこんな近代的な世界ではないのだけれど、なぜかフツフツとそんな疑惑が浮かぶ。


「これは酷いな」


どこで拾ったのか、煙草にライターで火を付けながら山田さんは息をこぼした。大穴は大きいものだった。ドーム状にくり貫かれたそれは直径五百メートルほど。倒壊した建物が瓦礫となり穴に沈んでいる。
私と山田さんは気が付いていた。気が付かないフリをしていたが。

智雅くんの様子が明らかにおかしい。右手の甲を抑えて目を見開いていた。


「――は」


溜め込んだ息を溢す。そして声を震わせた。
こんな智雅くんは初めて見た。


「わお。長生きしてみるもんだわ。……葵ちゃん。ここ、俺が知ってる世界だよ。俺というか、本体がシナリオなんかを刻まれる前の時間軸だ。シナリオが無いのも納得。いくらシナリオでも過去の脚本では俺が辿る意味なんてない」


智雅くんは右手の甲を見せる。いつもグローブやら手袋やらに覆われているそれは、今は素手。そしてその右手の甲の中央にはギョロリと目がくっついていた。

あまりに奇妙。
あまりにも奇怪。
あまりにも不思議。

それは確かに目だった。目なのだ。充血した目がギョロギョロとあちこちを見ている。


「なに、これ……」

「異能者である証みたいなもの。これが開いているとき、または、この目を開けたとき、鏡面世界に入ることができる。ここは異能者が身を潜めていた時代、そして俺たちが立っているここは鏡面世界だね」

「智雅くんの、もうひとつの目が開いているから、ここは鏡面世界ってこと? つまり、えっと、鏡の中?」

「そそ。色んな世界に、時間軸に『異能者』がいるんだけど、ここは少し特殊というか、変わっててさ。鏡じゃない表の世界では異能者は忌むべきものとして嫌われてたりするわけよ。だから異能者は自分が異能者だということは隠すし、普通の一般人は異能者を知らない。異能者が力をふるうのは鏡の中だ。一般人に迷惑をかけないように」

「鏡の中に、異能者がいる……? 智雅くんみたいな、多重能力者が?」

「それはもう、ウジャウジャと俺観みたいな異能者はいるよ。葵ちゃん、食べられちゃうんじゃない?」

「うえ……」


智雅くんはクスリと冗談をいってみせる。そしてそのあと、この世界について説明する。


「現実世界と鏡面世界の両方が存在してこそ、この世界。ここは鏡の中なんだけど、こっちを拠点にしている異能者は少ないよ。建物は現実世界と同じようにあるんだけど機能しないから不便不便。電気通ってないから現代人は生きてけないよー」

「えっ、まって、せっかく近代的な異世界にきたのに何も使えないの!?」

「おーっと、落ち着いて葵ちゃん。鏡面世界から出て現実世界に行けば使えるよ」

「……でも私と山田さんは智雅くんみたいに目がないよ。あ、別に現実世界と鏡面世界に移るのに目は関係なかったりする?」

「え? あるに決まってんじゃん」

「私たち出られないじゃん!」

「そこで俺の適応能力だよ! 任せて。大丈夫」


智雅くんが私の頭を撫でたが……、別に嬉しくないや。まあ、山田さんにされたら命の危機を感じるけど。


「そんなわけで、さっさとここから出――」

「あっれー? ツバサ?」


智雅くんが慌ただしく私の手を掴んだ。しかしそれを中断させる声がこの静かな鏡面世界に響いて、智雅くんは動きを止める。智雅くんの背中側からした声に私と山田さんは静かに視線を移した。山田さんはさっきから喋ってないけど。
そちらには黄土色の長い髪をサイドテールにしてまとめた少女と、前髪の半分を左側にヘアピンで寄せた活発そうな少年、黒髪をおさげにしたおっとりした雰囲気の少女の四人がいた。
智雅くんは顔を伏せている。