「――異能者だったのか」
「なんて恐ろしい! 嫌よ、あなたは私の子じゃない!!」
「俺とこいつがいるから安心しろ」
「ああ。あたしとこいつがいるんだ。大丈夫だ。支えてやるよ」
「ごめんなさい」
「お前が殺した!」
「なんで笑わないんだ?」
「初めまして、私も異能者なの」
「この世界って、どうして異能者を弾圧するのかしら。なぜ私たちは隠れなければならないの?」
「全部、全部あなたのせい」
「ああ……、会いたかった!」
「しね」
「しね」
「しんでしまえ」
目が覚めて、私は一人だった。 ……今の声はなんだったのだろう。私の記憶のなかにはない声だ。どこか遠い物語を目の前で読んでいるような、どこか矛盾した感覚を覚える。 夢だったのだろうか。首を傾げ、そのあとすぐに思考を切り換えた。私はまたトリップしたのだ。現状を把握しなければ。
ここはどこかの建物の中であるらしいことは分かる。そして智雅くんも山田さんも見当たらない。困った。 どこか生活感のある部屋だ。ブラウン管のテレビやソファ、キッチンが見える。リモコンは乱暴にテーブルの上に置かれており、ソファには脱いだままの服が掛けられていた。カーペットの隅が捲れていたりなど、家主は大雑把な人なのだろう。 不法侵入だと思われないうちにさっさとこの家を出てしまおう。
「あれ、ここはマンション……?」
ドアを出てからそこが通路であり、手すりの向こうに景色が広がっている様子を見て私は少し驚く。振り返って閉めたドアを見た。明確な違和感がそこにあった。 308号と書かれた文字が鏡にうつしたように反転しているのだ。おかしく思って、隣のドア、隣のドアをみても全部反転していた。 不思議な世界だ。日本語であるのはありがたいところなんだけど……。
とりあえず私は辺り一帯を見回すために屋上を目指すついでに智雅くんと山田さんを探すことにした。遠くに着地した、なんてことはないと思うから近くにいると思うんだけど。
「よお、小娘」
少し経ってから山田さんのほうから話しかけてきた。ちょうど階段を昇り、五階のドアをチェックしているときだった。
「久しぶり。山田さん」
「ン? まだ坊主とは会ってないのか」
「上の階で会うと思うからきっと大丈夫だよ。それにしても山田さんが人の心配をするなんて珍しいね。どうしたの?」
「心配なんざしてねぇよ。ただ、お前とあのクソガキに話したいことがある」
「? 急だね。じゃあ探索はここらで止めて智雅くんと早く合流しようか」
私と山田さんは階段へ進む。八階まで進むと智雅くんが外の景色を眺めながら呆然としていた。 智雅くんは右手の手袋を慌てて外して、景色と右手の甲、反転した文字を見比べていた。私たちが近付いても気付かないようだったので、「どうしたの?」と声を掛けてみた。 私がビックリするほど智雅くんは肩を揺らして驚き、私と山田さんの方へ振り返った。
「……ここ」
声が震えていた。 あの智雅くんが、だ。 智雅くんはいくらその身が幼いといっても不老不死で、物凄く長生きをしている。知識も経験も抱負だ。頼りになる異能者。彼が心を揺るがす所なんて私は見たことがなかった。いつもの笑顔を忘れてしまうほど今の表情は呆然としているし、その青い瞳がポロリと溢れてしまうほど目を丸くしていた。
静かに、目から血が流れる。
「ど、どうしたの!?」
「う、わ……、血だ」
「なにかあったの? 大丈夫?」
「……シナリオが無いんだよ。この世界」
「へ?」
「今までのシナリオが無いんだ。だからこうしてシナリオが何かを訴えてる。何言ってんのかわかんないけどさ」
「シナリオがないって、自由ってこと?」
「シナリオの感覚はあるんだけど、何をしろって言われてないから、取り合えず好きなようにやるよ。……ま。こうなったのはたぶん、この世界が過去だからだと思うけど……。まさかここにトリップするなんて」
智雅くんは右手を隠すように手袋を被せた。
「おい、ガキども。見てみろよアレ」
山田さんが顎で遠くの方をさした。私と智雅くんの視線は誘導され、そして言葉を失った。いや、失うというより突然のことで何を語ればいいのかわからなかったのだ。 住宅地が崩れ、大穴が空いたなんて。 予兆なんてない。ただ静けさばかりが響いていた反転した世界で、それは唐突だった。
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