山田さんが言ったようにここに生物がいないのだとしたら、ここでも非常食ではならないだろう。あんまりストックがないんだけどな。


「葵ちゃん、野営はここでいいの?」

「うん。なんかさっき居たとこは嫌な予感がして」

「葵ちゃんがそう思うならそうなんだろうね」


ここはさきほどトリップした位置から一番近い丘の上だ。私たちは今、ここにテントを張ったばかりだ。寝袋を智雅くんに出してもらい、私は焚き火の管理をしている。もちろん山田さんはなにもしてない。


「この世界には何があったんだろう」

「さっきの地震からすると、天災で多くの生物が死んで、文明がズタズタにされたようにみえるけど。神すら見捨てた世界。むしろこの世界では初めから神がいないのかな」


私は瓦礫だらけの風景を見下ろす。悲惨だ。いや、むしろ悲しむ人が断絶するほどの被害なのかもしれない。あの白骨の家族、友人知人もみんな死んでしまっていて、悲しむ人がいない。むしろ自分の死に誰も気が付いていないのかもしれない。なんて虚しいのだろうか。


「智雅くん、シナリオのこと……、言ってよかったの? 私と山田さんに」

「だってシナリオに言うようにあるんだから。意味があってもなくても言うよ」

「そっか」

「そそ」


学生鞄に両手を突っ込んで食料を探す智雅くんを視界の端にし、先ほどから煙管で一服してる山田さんを気にした。シナリオのこと、智雅くんのことを知ったからといって普段と違う行動は起こしていない。いつも通りだった。鋭い視線が、夕陽を眩しそうに眺めている。死体の血の気のない肌が夕陽に照らされて暖かそうだった。


「山田さんって、前の世界であのリーダーの女性を食べたんだよね?」

「ああ、そうだな。やはり人間は旨い。傲慢な食事を極めたお陰でな」

「人間の体、どうやったらその胃袋に入るの?」


そう。私たち人間の胃袋は成人女性をいれるほど強靭とは思えない。いくら山田さんがヤマタノオロチでも、今の山田さんの体は人間の死体だ。口から人間を食べたのなら、その咀嚼した塊は食道を通って胃に行くだろう。そこでさっきの疑問だ。私は山田さんの腹部を眺めてみた。


「貴様ら人間と一緒にするな」

「つまり?」

「死体の臓器が働くものか。馬鹿か。食ったものが胃に送られるという理屈がそもそもおかしい。それを言うなら俺の首一本の姿がこの肉体に緻密に押し込められていることになろう」

「ああ、物理的に考えるなってこと。なるほど」

「そういうことだ」


食べたものがどこに送られるかなんて人間とは理屈が違っていて分からない。ただ、「食べた」という事実が成り立つわけだ。
ちょうど、智雅くんが鞄から出した食材を手に「葵ちゃん、俺今日はこれ食べたい!」と持ってきた。

そしてその日の深夜。私たちは再び天災を目の当たりにする。