山田さんは意外にも智雅くんの話を真面目に聞いていた。普段から我関せずを貫き、客観的な山田さんがはじめて人の事情を気にしたようにもみえる。


「完全な不老不死になって、馬鹿な研究者どもは初めて目の前に異物が存在することに気がついた。普通なら逃げ出したり封じるなりなんなりするんだろうけど、この研究者は不死に殺し合いをさせても何とも思わなかった怪物。自由の不老不死にシナリオを植え付けることで俺を制限した」


智雅くんの話は続く。


「シナリオっていうのは、そのまんま。筋書き。すべてが記されていて、すべてをその通りにしなくてはいけないレール。俺はこれから起こりうるすべてを知っている。そしてシナリオ通りにしなくちゃいけない。この瞬きの数だって、話してる一字一句、呼吸、行動……。全部ね。シナリオ通りにしないと天罰が下る。だから俺は――いや、俺たちはシナリオに従わなくちゃならない。山田、さっき気持ち悪い器って言ったね」

「ああ」

「そう。俺は生きていない。人間じゃない。生粋の異能者じゃない。魂がない。シナリオを植え付けられたのも不死狩りに逢ったのも俺であって、俺本人じゃない。俺は本物の不老不死じゃない。本物の不老不死は別にいる。本物の不老不死がシナリオから逃れるために俺たち偽物をつくった。本物は引きこもっていて、本物がいるべきだった居場所に俺がいる」

「なるほど。お前は傀儡というわけか。鏡に反射した偽物か。俺たち、といったな。お前は以外にも傀儡はあるのか」

「あるよ。姿はバラバラ。女性だったり、少女だったり、青年だったり、果ては人格だったり。俺らの性格も基本的にはバラバラ。色んな世界にいて、だいたいシナリオ通りにしてる。ま、別にシナリオにたいして何とも思ってないけどね。『俺』は。葵ちゃんと旅にでるのも山田を封印するのも、葵ちゃんと入れ替わるのも全部知っていて、全部シナリオ通りにした。偽物のなかにはシナリオに歯向かい続けてるのも憎んでるのも、そのまま受け入れてるのもいるけど、『俺』は違う。『俺』は楽しもうと思って。どんな逆境だろうと楽しんだもん勝ちだよ」

「指先一つ動かせない不自由が、楽しい?」

「楽しいね」

「それもシナリオ通りか?」

「アドリブだよ。シナリオに関わらないちょっとした私語なら軽い天罰で済む」


智雅くんは腕を捲った。でろり、と血が垂れていた。腕を手を指をつたってどろどろと血が流れる。腕には深い切り傷があった。怪我の奥には白い骨がみえる。智雅くんは微笑んでいた。すぐにその切り傷は智雅くんの異能で完治する。


「いくら本体の偽物で、作り物の俺たちでも極限まで人間にそっくり。人間との違いはその製法くらい。痛みはあるよ。俺、痛いの嫌いだからあんまりアドリブはしないけど。さて、シナリオと気持ち悪い器の話はこんなもの。俺たちには誰一人、正常な存在はない。異常な存在同士、仲良くしましょ」


智雅くんの話は終始サッパリしていた。無理をしている風でもない。本当に智雅くんはシナリオを楽しんでいる。一切の自由などない。自分の意思など無視されるシナリオ。目的もなにも、わからない謎多きシナリオ。普通なら発狂してしまいそうな圧迫のあるそれを智雅くんは笑い飛ばす。それが智雅くんが生粋の異物であるせいか、それとも智雅くんはすでに発狂しているのか、智雅くんそのものの価値観のせいか分からない。


「お前はシナリオっていう呪縛を苦に感じないのか」

「感じないよ。面白いもん」


智雅くんは笑う。それですら、シナリオに記されている。


「お前、シナリオの正体に気付いてないのか? そのシナリオって――」


山田さんが言いかけたその瞬間、タイミングを見計らったように大地が揺れた。座ることもままならないほどの大きな地震だった。