私は飛び起きた。
地面はいつの間にか草花でフサフサと柔らかい布団になっていて、隣には死体が寝ていた。もう太陽が空の一番高いところに昇っていて、その眩しさに目を覚ましたのだ。覚醒した私は真っ先に智雅くんを探す。智雅くんは魚を丸焼きにしている最中で、塩を片手に今か今かと魚が焼けるのを楽しみに待っている。



「……おはよ、智雅くん。もう昼間?」

「葵ちゃんおはよー。昨日はお疲れ様。葵ちゃんが頑張ったからヤマタノオロチの封印は大成功だよ。やったね」

「そうなの? ……よかった……」

「うん。もうちょっとで魚が焼けるから待っててー」



智雅くんは振り返っていた体を戻して再び魚と向き合う。私は死体――いまはヤマタノオロチが入っているからヤマタノオロチを見た。目を閉じたまま。呼吸はしていない。呼吸の必要がないのか、死体だから呼吸はないのか。脈をはかるために手首に触れた。脈はない。しかし体は暖かかった。



「……」

「!」



私が触れたことで青年は眉を動かした。
死んでいるようだったが、本当に中にヤマタノオロチが入っているんだ……! 智雅くんに報告しようとしたらガシッと遠慮なく力強い手が私の腕を掴んだ。痛いが、青年が目を覚ましたことに驚く。まさか今、覚醒するとは……。



「……」



目を開けた青年の目は鋭い。目付きが悪いというより、目が鋭い。三白眼の真っ黒な目がハッキリ私をうつしだしていた。青年はゆっくり起き上がると周囲を無言で見渡す。私の腕は掴んだままだ。骨が悲鳴を上げている。とんでもなく痛くなってきたので離してほしいのだけど、なんだかそんなことを言える雰囲気ではない。――いや、雰囲気など構うものか! そろそろ本気で腕が折れそうだ! 不自然に、腕が、曲――!!

バキッ。と私の腕が鳴った。それで智雅くんは振り替える。私の腕は、普段折れない部分が折れており、骨が私の肉をつき出していた。血のせいで真っ白な部分は見えないが、これは確実に重症だ。
唐突の子とで頭が追い付けない。



「葵ちゃん!?」



智雅くんが駆け付け、すぐに治癒に取りかかってくれる。まず始めに痛覚を遮断してくれ、そのあとに止血と、無理やり骨を中に戻す。智雅くんの手を真っ赤にしてしまった。



「……脆いな」



智雅くんが私の腕を治癒している最中に青年は始めて呟いた。ヤマタノオロチではなく青年の声帯だが、その低く静かな声は、特になにも意識をしていないようだが私にとってそれは聞くだけで心臓を握り潰されるようなものだった。



「この俺を人間ごときが封印したか。……いや、人間ではないな。面白い」



ふむ、とひとりで考えるように呟くヤマタノオロチ。
私の治癒は完了した。智雅くんの治癒能力はつくづく驚かされるが、まあ、今はそれどころではない。ヤマタノオロチは私たちを見据えて、そして自身の身体に触れて、草花に触れた。



「状況はわかるよね?」

「ああ、言わなくても十分だ。まずは貴様らに礼を言うと同時に死ねというむねを伝える。死ね」

「お、お礼? なんで?」

「自分に都合のいい部分だけ抜き取ってんじゃねえよ生娘。つい先ほどまで俺は理性を失っていた。本能を抑えつける理性がな。スサノオのクソガキが俺を切り裂いたおかげでな。封印によって俺は今、理性を取り戻した。その礼だ。だが、封印そのものは嬉しくない。だから死ね。つか殺す」

「封印については勘弁してよヤマタノオロチ。で、貴方ならこの子が随分と特殊な性質だって見抜いてるでしょ? 俺たち、異世界を旅してまわってるんだ。ねえ、一緒に来ない?」

「はあ? 烏滸がましいと思わ――、いや、それは都合がいい。異世界にまで散っていった俺の半身どもを取り戻すことができる。お前はつまり、俺に旅の同行を申し出てるんだろ? だったら同行する代わりに俺の半身を集めるのに手伝え」

「もちろん」



なんだか二人の会話に私、追い付けないっす……。
ヤマタノオロチが私と智雅くんの旅に同行することまでは理解できた。むしろそれだけしか理解できていない。私は会話に参加できないと、魚の面倒を見に行くことにした。……もう十分焼けてるや……。塩を振ってかじる。美味しい。後ろで智雅くんとヤマタノオロチが現状を整理している会話が聞こえるが、まあ、ほとんど私が参加しなくてもいい内容だ。
私が魚の骨を残して身を食べ終わった頃、ふと智雅くんが此方を向いて私を手招きした。あぐらをかく二人の横に正座して用件を聞く。



「葵ちゃん、ヤマタノオロチの名前を考えて。普段からヤマタノオロチなんて呼べないから」

「ヤマタノオロチって知名度あるもんね。でもなんで私?」

「葵ちゃんが封印したんだから当たり前だよ。さあさ」



智雅くんが催促する。私はヤマタノオロチを見上げながら首をひねった。ヤマタノオロチはどこからか取り出したのか、煙管を吹いて空を見上げていた。漆黒よりも黒い髪と瞳。がっしりのした体つきにゴツゴツとした大きな手。口から吐かれる煙はどこか様になっている。名前など、思い付かない。
ヤマタノオロチ。この名に似たものにしよう。
ヤマタノオロチ。やまたのおろち。ヤマタのオロチ。ヤマタ……、オロチ。ヤマタ……やまた……。やまだ……山田? 山田! 山田だ山田!



「智雅くん、決めたよ! 山田! 山田にしよう!」

「うん、やっぱ葵ちゃんのネーミングセンスは斜め下だね!」

「下!?」