目を閉じている死体は黒髪の青年だ。男性らしく筋肉のついた身体はその着物越しにもよく分かる。白装束であったのだろうが、死体の服装は着物へと変わっていた。この着物はいつか前の世界で貰ったものだったような……。まあ、私も智雅くんも着れないサイズのものだったし、死体が着ていようが構わないんだけど。
智雅くんはゴソゴソと私の学生鞄のなかに手を突っ込み、そしてジャラジャラと大きな珠で作られた首飾りを取り出して私に渡した。



「葵ちゃん、彼にかけて」

「私? わかった」

「葵ちゃんがやることに意味があるから」



言われた通り、首飾りを彼につける。首飾りは別に宝石のような綺麗な色をしているわけではない。虎目石に似たようなものだ。その首飾りを死体にかけると、智雅くんは私に近寄って、私の両手を掴み取った。



「いくよ、葵ちゃん。準備はいい?」

「準備してないよ」

「あははは、それもそうだね。なにもしなくてもいいって言ったの俺だもん。……じゃあ、やるよ」



ふ、と智雅くんの目の色が、閉じる寸前に鬼灯のように真っ赤になったような気がした。

ふわりと風が舞う。
どこからか火の粉が降っていた。

大蛇は痛みにもがくように暴れだしてして、その巨体が山に打ち付けられ、そのたびに大地がけずられていった。逃げ出したくなる衝動をなんとか抑える。智雅くんが私の手を強くつかんで安心させてくれる。智雅くんを信じて、私はこの身を委ねた。
とたんに全身の筋肉が私の指示に従わなくなり、力が抜け始める。座ることすら危うくなるほどで、心臓は動くが呼吸は苦しい。



「葵ちゃん、手を離さないでよ……!」



切羽詰まっているのは私だけではなく智雅くんもそうだった。手繰り寄せるように強く、強く手を握る。
頷くことも私にはできなかった。

そして、大蛇は死体の心臓部分に吸い込まれ始めた。
どう表現したらいいのか分からない。とにかくあの大蛇は死体に吸い込まれていたのだ。山を裕に覆うことができるほど大きな大蛇が、だ。あの、ヤマタノオロチが――。
死体がヤマタノオロチを吸いきるまで時間がかかり、その間にも私の意識は朦朧としていた。もう汗だくで、小さな血管はどこもかしこもブチブチと切れており内出血を起こしている。脳みそが暴れているように頭痛は痛いし、関節は今すぐ弾け飛びそうだ。



「あともう少し……。頑張って」



智雅くんの息も上がっている。彼に眼球を向けることも今の私にはできない。

意識が朦朧とするせいで、もう、今の私は何をしているのかすら分からなかった。

消えそうになる意識の奥で、知らない人の泣き声が鳴り響く。

私の意識は、そこでプツンと切れた。