無傷で釈放に成功した私は急いで近くの山に隠れた。
時刻はすでに夕方。橙色の空が葵を覗いていた。私は一人、山の大きな樹木の近くに座り込むと疲れを吐き出すようにため息を漏らす。
智雅くんと早く合流しなければいけない。いつ、どういう状況でトリップするのかわからないのだ。智雅くんと離れたままでいると、彼をこの世界に置いていってしまう可能性がある。

……智雅くん、どこにいるんだろう。

まだあの村にいるのか。もうあの村にいないのか。そもそも、私が捕まったあと智雅くんはどうしたのだろう?

グルグルと、無駄に思考が回るが、最終的に智雅くんなら大丈夫だろうという結論に落ち着いた。智雅くんの頭がよくまわるのは知っている。それに月日にしてみれば智雅くんとの付き合いは数十年になる。私たちの外見に変化がないのであまり実感はないが、そこらの人たちよりお互いのことを熟知しているのだ。
智雅くんはすでに私が脱走したことを知っているはず。そして私が遠くに行かず、近くで身を隠していることもわかっているはずだ。
その中で私にはなにができるだろう?

立ち上がって、周囲を見渡す。
あるのは自然。智雅くんに位置を知らせることができそうなものはない。そもそも鞄を持っていないのだ。あのご都合主義鞄を引き寄せられるのは智雅くんのみ。私が所持しているのはナイフとライターと板チョコ。生き延びるものはあるが、知らせることが出来るものなど何一つない。



「――ちゃん、――あお――、あおい――ん、――あおい――あおいちゃん――葵ちゃん、葵ちゃんやい」



遠くのほうから声を呼ばれ、自然とそちらを向いた。
この声は智雅くんではない。でも、聞いたことはある。……これは。



「葵ちゃん、葵ちゃん。あぁ、捜しましたよ」



木陰から現れたのはあの村の優しいお婆さんだ。しかし私は出会えた喜びよりも先に警戒が全身をめぐった。お婆さんが近付く。私はジリジリと下がる。



「私を捕まえに来たの……。一時しのぎの人柱になるのんてお断りですよ」

「違います、違うわ」



お婆さんは違うと否定した。そして次の言葉を語ろうとした瞬間、ドォンという重低音が鳴り響いた。ズズズと地面を這うような音、ずっと遠くから聞こえる人々の悲鳴。破壊の音。どれもこれもが大きな音で、心臓の鼓動が狂いそうだった。



「……これは」

「大蛇です」



お婆さんは目を伏せた。私は木にのぼって高いところから周囲を見てみた。ずっと遠くの、東の方で大蛇が大地を蹂躙していたのだ。
その光景は地獄そのもの。
世界の終わり。最果て。言葉にしようがない。
東の空は赤く燃え上がる。何キロも離れたこの地まで聞こえるほどの人々の悲鳴。そして破壊しつくすその音。

私はたくさんの世界を渡った。
紛争地域や戦争の激戦区だって見たし、体験した。
――しかし、これは、その何れよりも酷く破壊されていた。
これが終末。終止符。これ以上、世界は続かない。
一柱の大蛇によって、この世界は終わりを宣告され――いや、この世界は終わっていた。