「痛っ」



投げ入れられるように何かから数多の手から放された。手足は自由だったので目隠しと口に入れられた布を取り出して状況を確認する。
窓はない。ただ冷たく静かな空気が流れていた。どこか室内のようで――いや、檻だ。三面の壁は木で出来ていたが、一面の壁は鉄格子。木製の格子でないところがこの世界の文化レベルだろう。あいかわらず西洋と東洋が混合された文化のようだ。
床は土、天井も土。木製の骨組みだけがでっ張っていた。それだけでここが地下なんだと葵は冷静な頭で推測する。木製の壁に耳を当ててみた。どうやら隣人はいないようだ。



「生け贄にするために捕まえられたのか」



はあ、と溜め息。

とりあえずパッパと土埃を払って、敷かれている布団の上で正座した。藁ではなく、ちゃんと布で製造されたものだ。
神経を研ぎ澄まし、私は気配を探る。見張りの気配は二。私はポケットに入れている折り畳みナイフを取り出した。一応、ナイフを持ち歩いているものの、私が智雅に教わった護身術は合気道を中心とした格闘技だ。合気道はそもそも攻撃するためのものではない。常に争い事は智雅が担い、それだけで解決することが多かったため私にそういった出番は少ない。

まあ、それなりに死線を潜ることは何度もあったけど。主に智雅くんに出会う前、一人でトリップしてた頃とか。
今の状況はなんとなくそれに似ている。監獄や牢獄に閉じ込められることは何度もあった。



「あの」



見張りに話し掛ける。「なんだ」と返しながらこちらに来てくれた。



「……これ」



そういって握り締めた左手を差し出した。見張りのひとは何の疑いもせず、こちらに寄ってくる。私が何か渡してくれると思っているのだろう。まあ、こんな小娘に警戒することもないだろうし。この左手の中は空。先入観から、見張りの彼は私を疑わない。

見張りの彼の手が、差し出した私の手の下に敷かれた。



「油断は禁物って知らないの?」



私の冷めた声で、はっと彼は我にかえったが、遅い。
素早く彼の手首を思いっきり掴んで引いた。彼の顔が鉄格子に鈍い音を立てて激突した。私は見張りの脇に腕を滑り込ませて羽交い締めにすると、その首筋にナイフの刃をあてがった。



「ひっ……!?」

「人の命を勝手に左右するんなら、自分だって当然その覚悟はあるんだよね? もう一人の見張り!」

「助け、……っ」



この怯えかた、見張りにあてがわれただけでただの村人?
残念。……運が悪いこと。



「どうし……、ッ!?」

「この人の命が惜しいなら、私を解放しなさい。さもなくば、殺す」

「そんな脅迫なんぞ、のるか……!!」

「冗談じゃないんだけどなあ、お兄さん?」



人質の脇にナイフを刺し込む。刺した状態でナイフを一回転させて傷を抉った。サバイバルナイフがあればこんなことをしなくても済んだんだけど、これはサバイバルナイフじゃないし。
ぬめっとした血が手にかかる。その血をもう一人の見張りに見せ付けるように、再び首筋にナイフを当てる。