「くそっ、離せよ!!」



葵が連れ去られてもなお、智雅は暴れた。普段の優しい口調から考えられないほどの罵倒と荒い言葉が放たれる。智雅が本気で自分の動きを抑制しようとする数多の手を振り払おうとしたとき、お爺さんのものよりも貫禄のある重々しい声が「落ち着かんか、小僧」と言った。



「……へえ、お前が村長か」

「いかにも。あの少女には彼の物の生け贄になってもらう。そうして彼の物に怒りを静めていただくしか」

「はっ、滑稽だな。本気でそんなこと言ってるわけ? 面白いこというなぁ。怒りなんて、あの大蛇には初めからないよ。人を喰らい、世を混沌に貶めるのが大蛇の本能。人間が自然から命を貰って食事をし、呼吸をするように」



智雅の殺気は目の前に現れた男に向けられていた。男は白髪の長い髪と髭を揺らしながら堂々とした佇まいを見せる。顔に生えた皺、枯木のような手足。その老体は弱々しいのに爛々とひかる眼光は獣のようだった。



「……人は彼の物に食い尽くされ、滅びる。近い未来な。明日か、来週か」

「……」



ギィ、と智雅は睨む。村長はその殺気に驚きはするが、怯まなかった。智雅をおさえつけていた手は、智雅に睨まれてもいないのに怯えて手を話してしまっているというのに。

空は快晴だ。透き通るほど青く、山は燃え盛る緑で溢れている。どこが人類滅亡前といえようか。のんびりとした大自然が世界を包み込んでいる。大蛇を見なければ嘘だと思ってしまうほど。
落下するとき、葵はどうやら大蛇に釘付けになっていたようだが、そのとき智雅は地平線の彼方まで視界にいれていた。自分たちの落下地点を除いて世界は荒廃していた。海は枯れ、山はただと土のかたまりに、生命の声などなく、遠くの空は真っ赤に染まっていた。この場だけ、奇跡的な楽園が続いていたが、その夢ももうじき覚める。



「葵ちゃんを拐ったあとでわざわざ俺に話しにくるなんて、なんの取り引きをしにきたの? 言っとくけど、こんな小僧にできることなんてたかが知れてると思うけどね」



葵を誘拐されたことで智雅はピリピリしていた。放つ言葉はすべて刺々しく、容赦を感じさせない。一歩間違えれば無抵抗に立っている人間など、道端の雑草を踏みつけるように殺してしまいそうなほどだ。



「そこの老いぼれから聞いたぞ。異世界の旅人だと。そして彼の物を封じ込める術はあると」

「……馬鹿げてる」

「あの少女を解放したくば、小僧一人で彼の物を封じよ」



葵をわざわざ人質にしたのは、生け贄確保のためだろう。むしろそちらが本命のように見える。村長の言いたいことを先に理解した智雅は彼を呆れた目で見ていた。智雅には初めから葵を救うことしか考えていない。



「ああ、始めに言っておくが、あの少女には檻から出たら窒息で死ぬ呪詛を埋め込む。変なことは考えないほうがいい」

「変なことってどんなこと?」



にやり、と智雅の口が歪んだ。