「あれはヤマタノオロチよ」



お婆さんが私の問いに答えながらおかわりをくれた。不安の色が老夫婦の顔に素直に現れた。



「あれは恐ろしい怪物だったわ」

「だった?」

「ええ。ヤマタノオロチは八つの首と尾をもつ怪物よ。恐ろしく強い。地上にいる神々をもってしても歯が立たないほど。ある日、アマテラスノミコト様の弟であられるスサノオノミコト様が策をもって退治して下さったわ。でも、ヤマタノオロチは死んでいなかった。首は一つになって弱くなったみたいだけど、相変わらず大きな体と人間や神では抗えない力を振るっている……」

「それが、私たちがみた大蛇」

「今では地を荒し、生き物を喰い、木々を枯らして地獄を絵書いているときいたわ。もう、この近くまで来ていたのね。神も手に負えない。私たちはなにもできないまま死ぬわ」

「ふうん」



どうやらここの人たちは絶望的な状況らしい。私はお粥を食べる手を止めて話を聞いていたが智雅くんはお粥を食べていた。
お気の毒様。



「大蛇がそんなに近いのなら君たちはここを離れた方がいい」



お爺さんは言った。お爺さんの言うとおり。去ってもいいのだが――それは、不可能だろう。お爺さんとお婆さんは優しいが、この村は私たち余所者には優しくないみたいだから。



「生け贄って、純潔の少女だよね?」



智雅くんの再確認。老夫婦は少し戸惑いを見せたがゆっくり頷いた。智雅くんは「あちゃー」と私の肩にどんまい、と手を置く。もっと別の言葉はないのか!



「葵ちゃん、どうやら生け贄にされるっぽいね。処女だから」

「まだ14歳なんだから当たり前でしょ!」



あんまり直球に私の事情を言うものだからつい声をあげてしまった。
外には恐らく村人がいる。ヤマタノオロチに生け贄を捧げたというのだから、この村には年頃の純潔の少女はもういないのだろう。そして大蛇による蹂躙。ちょうどいいところに私のような旅人が来たんだから生け贄に選定されるのは必然だろう。迷惑な話だ。しかも逃げられないようにこの小さな家を人が囲っていることは気配で察知できる。



「智雅くん、私たち逃げられなくなっちゃった」

「都合よく今ここでトリップしてくれると嬉しいんだけどなあ」



はあ、と智雅くんはため息。トリップ特有の感覚はないし、今ここでトリップするのは不可能だろう。
ああ、どうしよう。死にたくないし、まだトリップできないみたいだし、大蛇をなんとかしなければ、私は死ぬ。死にたくないので逃げてしまえばいいのかもしれないが、少なくとも現在は不可能。



「大蛇をなんとかしますか」



智雅くんは大きなため息を吐きながら簡単に言ってみせた。私も、お爺さんとお婆さんも時が止まったように動かなくなってしまった。
え、ちょっとまって。どういうこと? 智雅くんはできるって言うの? 嘘でしょ?