「ほら、あなたって、人間よりも人間らしい人間でしょ? だから惹かれちゃって」 「ごめん。そんな話はしていない」
この美少女やちよちゃん、まったく人の話を聞かない。相変わらず至近距離で私への想いを語ってくれるが、私は「どうして私はここにいるの?」と聞いたんですよ。わかってます? その可愛らしいお耳はお飾りかな? 私の目が覚めて、かれこれ三時間は経っただろう。全身が動かないのが恨めしい。巨人に叩き付けられたことだし、複数ヵ所の骨が折れていそうだ。
「……はあ」
どうしたものかなあ、とまぶたを閉じる。動けないのだから助けを待つしかない。いつかのように門番を脅して無理やり牢から脱出する、なんて手段は使えないし……。
「やっぱりつらい?」
小さな眉を下げて美少女やちよちゃんは首をかしげる。彼女を見ると、首を傾げて私の様子を伺っていた。その表情は曇り一点。人の話は聞かないが、私の心配をしてくれているようだ。
「おかゆつくってくるね。あなたが食べてるあいだにお薬を買ってくるよ」
はじめて美少女やちよちゃんは私から離れた。顔しか見えていなかったが、やっと美少女やちよちゃんの全身が確認できる。彼女の格好は黒い着物に赤い羽織をし、帯には男性用の帯が重ねて絞められていた。男性用の帯には腰にさしている、通常より少し短い刀――智雅くんや山田さんに聞けばわかると思うが刀の名称は知らない――が吊るしてあった。物騒だ。 やがて美少女やちよちゃんはおかゆを持ってきてくれた。いい笑顔も付いている。私の寝ている布団の隣に行儀よく正座をすると、美しい手つきでれんげを手に取る。きちんと方向の揃った指は幼いながらもその仕草は熟練のもの。
……私の身近にも外見は幼いのにかなり歳を食った不老不死がいる。なんだかデジャヴを感じるけど……。
「あの、やちよちゃん」 「ふふふ。あの、なんて他人行儀な。もっと崩していいんだよ? ふーふーってしてあげるね!」
話を聞いてほしい私はめげない。
「やちよちゃんって歳はいくつ?」 「わたし? うーん。恥ずかしいけど……」
外見年齢は十歳前後。そのくせ、恥じらうように目をそらしたその反応。心の準備はできている。
「今年で二千と十七かな」
やっぱり。
「ついでに聞いてもいいかな」 「いいよぉ。はい、あーんっ」 「んぐっ!? ……。……こ、ここ、どこ……?」 「うふふふ、ふふふっ」 「ふっ、ぐぅ、んぐぐぐぐぐ」
美少女やちよちゃん、あつあつのおかゆを笑顔で私の口に押し込む。もう入りませんって。おかゆの温度と量に生理的な涙が浮かぶ。吐き出すわけにもいかず、必死に咀嚼していると美少女やちよちゃんは悩ましげに眉を下げた。
「ここは私が住んでるお家」
おお、なんだかはじめて会話が成立した気がする。多少の妨害はあったが。
「でも、きっと、そうね。お家というほど綺麗なものじゃないかな」 「?」 「ここ、じつはね……」
やちよちゃんの表情はどんどん暗くなっていくばかり。真っ赤な頬もおとなしくなっていく。好き勝手されていたが、その豹変ぶりには私も驚いてしまった。どんどんとしおらしくなるやちよちゃんは重い口を開いた。
「隠れ家なの」
目線を伏せるやちよちゃんは、肩を落として項垂れていた。しかしすぐに顔を揚げると、笑いながらおかゆを掬う。熱々のそれに息を吹きかけてから私の口に押し付けてくる。 抵抗を諦め、素直に口を開くと美少女やちよちゃんはいっそう笑顔を深くした。
この笑顔の裏で何を考えているのか。 私を地面に叩き付けた魔物と彼女はグルなのだろうか。自意識過剰でなければ、こうやって私を手元に置くことが目的だったりして。初対面の私をよく知っているような発言をする美少女やちよちゃんのことがまったくわからない。 が、私の目的は定まっている。 智雅くん、山田さん、メアリーさんと合流するんだ。
「ほらほらぁ、おかゆはまだあるからねー」 「むぐぅっ!」
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