「あらあらあらあらー!」

彼女は元気よく智雅くんに駆け寄ると、彼の頬や頭を撫でくりまわした。私と山田さんが呆然と見ているなか、彼女の笑顔につられて智雅くんは声を出して笑い始めた。

「あははは! ひさしぶり、相変わらずだね!」
「あなたこそ相変わらずね! ところであなた誰? 右都なわけないよね?」
「右都なんてそうそう会えないでしょ」
「ツバサ……はもっと大きいもんね。蘭やヴィンスってわけでもなさそう。やっぱりルードルフ! ルードルフ・ヴァルターでしょ!」
「それいつの名前ー? ルードルフじゃなくて、今は智雅っていうんだよ!」
「あらら、智雅っていうの? まあ元気そうでなによりだわぁー」

わいわいと続けられる二人に私は口を挟む余裕などなく山田さんを見る。どうしよう。山田さんからの返答は知らん、とそっぽを向くだけだった。
なんとなく、智雅くんの顔が広いことは察していたが、こんな異世界で知人と出会うものだろうか。いや、過去に明や秀政くんたちの例があるんだけど。

「そういえば智雅、めずらしい人たちと一緒だね」

智雅くんと親しげに話をしていた彼女はふと、私と山田さんを見る。目が合うと微笑んだ。

「こっちの女の子が花岸葵。あっちは山田。ヤマタノオロチ」
「ああ、智雅はトリップ中なのね」

女性は一旦落ち着くと智雅くんから離れ、コートの裾を摘まんで軽く膝を曲げた。袖で隠れていた包帯だらけの手がちらりとみえる。

「遅れながら、自己紹介を。私はメアリー。メアリー・ルース。智雅と同じ偽物の不老不死よ」



お城の塔から出ると、私たちはメアリーさんからこの世界の事情を聞きながら城下町へ移動する。
そこにメアリーさんの家があるそうで、そこでご飯をいただくこととなった。お城で出される食事はどうやら変なものが混じっているらしい。メアリーさんがくれた情報だ。

「葵ちゃんはこの世界のことをどこまで知っているの?」
「人間が人間じゃなくなる病が流行ってるってところまで。あと私たちが救世主ってこと。智雅くんは私が寝てる間に他のことも調べてたみたいだけど……」

メアリーさんは終始優しげで、母親のようなお姉さんのような。そんな印象であった。私と手を繋いで誘導してくれるその手には触れる程度の力かげんしかないくらい。そんなメアリーさんは時折吐血する。

「ゲフッ」
「えっ! また吐血! 大丈夫なのメアリーさん!」
「だ、大丈夫よ……。私だって不死なんだから」
「いやそうかもしれないけど」

さっきも自己紹介した瞬間ものすごい吐いてたけど大丈夫なのかな……。智雅くんと同じなら大丈夫かもしれないけど、ちょっと、小一時間で何十と吐かれると……。

「おや。メアリーちゃん。また吐血かい?」

町を歩いていると、どこからかおじさんが声をかけた。細いたれ目の優しそうな人だ。が。

「あらお肉屋さん。そうなの。また吐血。困っちゃうよね」
「救世主様が現れたんだ。きっとメアリーちゃんの病気も治るよ」
「ありがとう」

立ち止まってメアリーさんと話をするおじさんはおかしい。人間ならばありえるはずのない、その岩の肌。肌色のなかに当然のようなに混じっているのは山に鎮座するような灰色で冷たいそれだ。まるで埋め込まれたようなそれに目を見開く。

「あれだけじゃないな。小娘、あのガキを見てみろ」

上から降りかかる山田さんの声の通り、彼が顎で指した先を見る。母親と手を繋いで歩く少年の顔には魚介類の鱗がびっしりと。他には片腕を木の根にされている女性や髪の間に花を生やしている少女が見受けられる。

これが、この世界に流行っている不治の病か……。