「……面倒な小娘だな。前の世界で心が荒んだか」

ひさしぶりに声を聞いたと思ったら山田さんはこれだ。火を点けていない煙管を持ったままあきれた表情をこちらに向けている。

「それあるかもねー。葵ちゃん、前の世界でけっこう使われてたから」
「うーん。そうなのかなあ」
「なんと鈍感な小娘だ。行く先不安だな」

「そんなことなどどうでもいい」と山田さんは無理やり話を区切らせると、その目線をもたれ掛かる壁のすぐ隣――窓に向ける。追いかけるように私と智雅くんもそこへ視線を向ける。窓の外は空と山ばかりだ。地平線の位置がどうみても低い。私がいるのはどうやら高い建物の中であるようだ。
部屋のなかにも注目してみる。私がいるベッドがあまりにも柔らかく質感が最高の天蓋付きベッドであることもさることながら……。必要最低限しかない家具はどれもシンプルなものだが細部にあしらわれている彫刻がやけに美術品じみている。絨毯はふさふさ。染み一つない壁は大理石のようで、ピカピカに磨きあげられている。

「あの、聞いてもいいかな」
「なーにー?」

智雅くんはどうやら暇らしい。自身の持つ拳銃を弄んでいた。

「ここ……どこ?」
「城のはしっこにある塔」

私は言葉を失う。
なんせ私がいままでトリップした先でたどり着ける寝床なんて地面ばかり。ベッドがあるほうが少ないくらいだし、智雅くんに出会う前なんて地下に閉じ込められることがしょっちゅうだ。拷問されなければラッキーくらいのレベルである。低レベルだ。
それなのに、ここにきて、お城! ランクアップしすきでしょ。

「わ、和風じゃなくて、洋風のお城? シンデレラとかいそうな」
「思ったよりどうでもいいこと聞くね?」
「だって」
「葵ちゃん。残念ながら俺達は『救世主』なんだよ。そりゃ手厚く扱われるよ。ほら、王道なゲームの勇者みたいな!」

智雅くんは拳銃を放って、両手でゲーム機のコントローラーを触る仕草を見せた。

「……」

つい押し黙る。冗談っぽく智雅くんは言うが、現実だ。呪われたことも現実。異世界と深く関わらないようにしている私たちを八方塞がりにした状況が憎たらしい。素直に救世主とやらを請け負うしかないのか。

「小娘には言っていないが」

山田さんは相変わらず窓の外に目線を向けたまま、顔をこちらに向けずつづけた。

「その人間ではなくなるとかいう病の原因は俺の首だ」
「えっ」

「らしいよー」なんて、智雅くんはため息。私もため息をしたいくらいだ。
脳裏に浮かぶのは、やはり空から見下ろしたあの大蛇。そして明たちと共に見た大蛇。ぞくりと恐怖で体を震わせた。

「もしかして私たちが救世主なのって偶然じゃないってこと?」
「こうして因縁があるんだから、俺らを呼び出した中心の司祭、というか教会の力は本物だよね」

へらりと笑う智雅くんにつられて私は苦笑い。救世主とかよりも、それ以前に山田さんの件がある。それならば話は別だ。私たちは首を集めなくては。

コンコン。
ドアの方でノックの音が部屋に響いた。無駄な音などなかった室内で、唐突になったその音に驚く。どうぞ、と言った私の声は少し上ずっていた。

「失礼しまーす」

緊張感と礼儀のない女性の声。智雅くんが息をのんだのが分かった。

「救世主様たちの様子を伺いに来――、あら?」

ドアの向から姿を見せたのは、浅めに被った帽子と白いニットのロングコートが特徴的な――やけに現代的な――格好をした黒髪の女性である。黒髪はやっと肩につく程度の長さ、それをくるくると遊ばせている。
直接的に心臓を連想させる真っ赤な瞳は無邪気に見開かれ、智雅くんを向いていた。