弧を描く鳥が三羽。その中央には月。
そんな刺青だ。赤黒い色をしたその刺青はまるで血で印されたような、痣であるような、焼き印でもしたようなもので気持ちのいいものではない。鳥と月という字面だけならけっこうファンシーなんだけど。私はそれをすぐにスカートを伸ばして視界から消した。

「呪いだよ」

智雅くんは毛布を戻してから、重い息とともに事実をのべた。

「救世主の仕事をまっとうしなくちゃ死んじゃう呪い」

私は目を丸くした。言葉を失った。頭が真っ白になった。
死ぬ、呪い……?
心臓が止まったような、全身から血の気が失せたような。智雅くんの声しか聞こえなくなる。

「まって、なにそれ……。う、うそ、冗談」
「ごめん。本当」
「そ、そんな……」
「現状、俺と山田じゃ解除できない。でもまあ待って、葵ちゃん。最後まで話を聞いて」

私がうつむくまえに智雅くんは頭を撫でてきた。実際に私の方が圧倒的に年下なのだが、こうも年下扱いされると少し戸惑ってしまう。

「この呪いっていうのは本当に呪いなのか分からないんだよ」
「……うん?」
「いやー、それがさー。俺がどう葵ちゃんを診たって異常がこれっぽっちもないんだよね。故に、恐らくは葵ちゃんの呪いはデマだ」
「……え」

この刺青、嘘? じゃあ死なない? 死ぬ心配はしなくてもいい?
沈んだ心がすこし軽くなった。が、智雅くんによってまた重くなる。

「でもあの雷、そして司祭の詠唱には何らかの力が含まれていたのは確かだよ。たとえ死ぬことはなくても、なにか呪いにかけられている可能性は否定できないかな」

苦笑いをしながら困ったように智雅くんは首をかしげる。不安を隠しきれない目を山田さんに向けると、山田さんも智雅くんの言葉に異を唱えることはなかった。つまり、肯定。

「どうしよう。どうなっちゃうの」

散々、拷問や尋問を受けたことがある。理不尽な暴力だって何度も何度も受けたことがあった。しかし呪いなんて初めてだ。しかもそれが死に直結するもの。智雅くんはそういった呪いではないかもしれないと言っているが断言はできていないのだ。油断など――安心など少しもできない。
顔を両手で覆って、深いため息をついた。 この世界のことなど知ったことではないというのに、どうして捲き込まれなければならないのか。私は、どうして……こんな目に……。

「ずいぶん荒れてるね、葵ちゃん」

智雅くんが私の頭を撫でた。最後にぽんぽんと軽く叩く。そしてその両手を私の肩に置くと「こっち向いて」と、予想以上に優しい声音で言った。その言葉に従うと智雅くんの真っ青で澄んだ瞳がこちらを向いていた。

「こういうこと言っちゃ駄目なんだけど」

その意味は智雅くんの背負うシナリオに背くもので。
証拠に、智雅くんの指からミシミシと軋む音がする。

「大丈夫。大丈夫だよ。おおげさに言ったけど、葵ちゃんの想像するほど酷い呪いなんかじゃないから。……」

智雅くんはこういうとき、嘘を言わない。とくにシナリオにない台詞ではない言葉を言うときは一番信頼できる。だが後の言葉を飲み込んだ。ずっと先を思い描いて言葉を飲み込んだようにみえた。