この世にはこんなにも柔らかいベッドが存在するのか。


「葵ちゃん起きた!」
「遅い」


すぐ側で聞こえたその声にゆっくりと目を向ける。智雅くんと、少し離れたところに山田さんだ。


「おはよう葵ちゃん。丸一日寝てたよ」
「……智雅くん。寝てたって……、あ」


そうか。私は謎の雷にうたれたんだった。
寝起きで働かない頭をどうにか動かして記憶をよみがえらせる。記憶は鮮明だった。司祭服の人に救世主と呼ばれ、たくさんの人びとがいて……。


「葵ちゃんが寝てる間にこの世界のこと、そして救世主って崇められた意味を調べといたよ。まー……崇められたっていうか、現在進行形で崇められてんだけどさ」
「崇められてる? どういうこと?」
「うん、順を追って説明するよ」


智雅くんから教えてもらったのは、まずこの世界が奇病の流行り病に頭を抱えているところからはじまった。
この世界はどうやら、数年前から突如として奇病を発症したらしい。対抗する薬などなく、不治の病。一度奇病に陥れば、あとは人間として死を待つのみ。
その奇病というものの分かっている部分が少ないと言う。この病気が「人間としての死」を呼ぶものであること。それだけしか分からないのだそうだ。


「ちょっと待って。人間として?」
「そうだよ。そうだなあ……。例をあげるなら、人間が魚になっちゃうだとか、人間が木になっちゃうだとか。そういう病気なんだって」
「冗談?」
「本当」


聞いたことない病……。だが、ここは異世界。常識なんて通用しない。私は「それで?」と智雅くんに催促した。


「どうやらこの世界は危機に陥ると必ずどこからか救世主とやらが召喚されて、世界を救わなくちゃいけなくなるみたいなんだよ」
「どこからか、救世主が、召喚って……、まさか私たち!? 奇病から救えっていうの?」
「ご名答。奇病っていってもその原因を叩く方法は医療分野じゃないみたいなんだよ」
「わ、私そんなことしないよ!? 救世主なんて言われたってこの世界のことなんてどうでもいい!」


私は毛布を握りしめる。拒否だ。そもそも異世界にあまり関わりたくないのだ。とくに、こんな世界の命運を左右するなんて。救世主なんて知ったことじゃない。私はトリップ体質をもったただの無力な人間だ!


「さっき俺は『救わなくちゃいけなくなる』って言った」
「言ったね」
「逃げられないよ、葵ちゃん」


智雅くんは突如として遠慮なく毛布を私から退けた。温もりが逃げていき、私は足を寄せる。そんな私の足を智雅くんが掴んだ。
「えっ」と声をあげた私のふとももを、智雅くんは一点を指す。


「これ」


少し、声が低くなった。
私は智雅くんの指した自分のふとももを見る。

そこにはまったく見覚えのない刺青が、ひとつ。あった。