「おお、救世主よ!」
「……は?」


宙から舞い降りる花弁。黒い雲の隙間から漏れる光が私たちを照らし、ふわりと優しい風が煽る。
目の前の惨状に私は片眉を下げてだいぶ冷めた目線を投げた。


「皆のもの! これで我々は安泰だ!」


叫ぶ老人は私の右側、斜め前方。少し金の刺繍の入った
白い司祭服を着ている。片手には真っ黒な本。もう片方の手には銀色のナイフ。
私たちの足元には――よくわからないけど――血で描かれたような魔方陣らしい図式がある。


「……なにこれ」
「葵ちゃんテンションひっく!」
「びっくりを通り越して冷静になっちゃって」
「お化けなんかで泣いてた葵ちゃんが懐かしいよー」
「泣いてない!」


私はすぐ隣に立つ智雅くんからそっぽを向いて、周囲に目を向ける。空は晴天。白いレンガデ舗装された足下。私たちは魔方陣と司祭服を着た人を含め、どうやら地上から段差のあるところにたっていた。長い見下ろせば蟻のように有象無象な人びとが見える。目を凝らして遠くを眺めると、そこには白い町があった。建物は全て白で統一されたその風景は青空の青と町の白の二色しかない。

今度は一体どんな世界にトリップしたんだ、と視線を司祭服の人に戻した瞬間だった。ぞくりと寒気がした。トリップの前兆とはちがう。
ものすごく嫌な予感がする。私の隣にいる智雅くんのさらに奥に立つ山田さんはずっと無言のまま。しかし目をまっすぐ司祭服の人に向けていた。


「……おい」


そう山田さんが呟いた。そして直後。晴天だった空に黒い雲がたちまち姿を現した。私は智雅くんと山田さんの間に潜り込む。二人の間に私が入れば密着。山田さんは嫌そうな顔をまったく隠さない。


「なんか、やばい」


明らかに何か起こる。何かされる。


「大丈夫って慰めたいけど、これは」


智雅くんは無言で首を振った。そして清々しく爽やかな笑顔で言う。


「葵ちゃん。諦めて」


刹那。
黒い雲から真っ白の雷が私に落ちてきた。


「え? えっ!?」


予想外のそれに、私は真上をみて立ち往生した。
動けないまま。
薄情にも、智雅くんと山田さんは私から離れている。さっきまで私たちくっついてたじゃん。ぜったい許さないぞ。

雷に対抗する術などなく、私はそれを受け入れた。
雷が直撃して意識を手放す――。

私の命に関わることを智雅くんたちは見逃さない。私に協力して、助けてくれる。その慣れてしまった甘えによる判断で受け入れることにしてしまったが……。意識を手放した私が起きたとき、後悔した。