「葵は優しいから」


何て言葉を私なんかに言うようなお兄ちゃんは、私を背中に隠した。
そして教室に入ってきた黒先輩に敵意を剥き出す。


「後ろに隠れている彼女をこちらに寄越してもらおう」


しばらく私とお兄ちゃんを見比べていた黒先輩は怪訝な顔になる。


「帰れ」


お兄ちゃんの言葉は冷たく、私はその変容に驚いた。
私の知るお兄ちゃんとは、無個性でどこにでもいるだろう優しいお兄ちゃんだ。こたつの中で喧嘩することもあれば、冷蔵庫に入っているおやつで喧嘩することもしばしばある。しかし私の知らないところで私に優しくて、世話を焼く。
聞いたこともないその鋭い声に、私はお兄ちゃんを見上げた。


「見たところ、君は葵のお兄さんか。葵の目の前でお兄さんを殺したくない。退いてくれ」

「死ぬのはお前だ。死にたくなかったら回れ右をしろ」

「すまないな。葵。夢とはいえ、君のお兄さんを殺すしかないみたいだ」


黒先輩は拳銃を振った。黒先輩の拳銃の先にはナイフが付いている。それで切りつけたようだ。だが、それをお兄ちゃんは剣で防ぐ。
黒先輩の動きは一時的に止まったが、すぐさま次の行動が出る。後退し、銃弾を放つ。お兄ちゃんは迷わず私を隠したまま前方に厚い氷の壁を生み出した。……「生み出した」、でいいのかな。この氷はお兄ちゃんの仕業なのだろうか。だとしたら、いったいどういう……。


「ナイス、モルス」


お兄ちゃんは真剣な眼差しで黒先輩をまっすぐ見る。黒先輩は落ち着いていて、ぐいぐいと教室に入り込むとお兄ちゃんに何度か銃撃を放った。お兄ちゃんは回避をしたがいくつかが足を擦っていった。少し動きの鈍くなったお兄ちゃんの足によく狙いを定めて黒先輩は射撃。見事にお兄ちゃんの太ももに当たった。
人のことを言えないくらいの血をだらりと垂らしたお兄ちゃんを見て私は黒先輩に向かっていった。

痛みを無視して黒先輩の懐まで入り込み、手刀で手首を叩く。拳銃が落ちた。私は黒先輩の腕を掴みとってそのまま投げた。投げた先にはお兄ちゃんがいる。お兄ちゃんはその剣をまっすぐ黒先輩に向けていた。

その剣は黒先輩の体を貫く。いくらかの臓器に到達し、そのあと引き抜かれた。黒先輩は苦しそうに血ヘドを吐いて、この夢の世界から消えた。
消える一瞬だけ、少しだけ、悲しそうな表情をしていた。