だらり、と血が流れる。ローファーの中までぐっしょりと血濡れていることがわかる。痛い。正直これは堪える。座り込んで応急処置をしたいし、休みたいんだけどそんな余裕はない。痛いが、こんなの拷問に比べればなんてことはない。


「葵……」


赤先輩は私の真っ赤に染まる足を見て顔を歪めた。立ち直りは早いみたいだけど、どうやら覚悟の方はまだみたいだ。柄を握る手が弱いのは見れば分かる。


「葵に油断するな!」


黒先輩は銃口を私に向けて遠慮なく発砲した。あわてて体を動かして避けたが、完全に回避することは出来なかった。腕から血が垂れた。

私は走った。遮蔽物のないこの場所では明らかに不利だ。崩壊している校舎のなかに逃げ込んだ。その最中でも黒先輩は何度も発砲してきたが、全弾はずしていた。
校舎に逃げ込むとてきとうな教室に入り、そして何かにぶつかった。


「ぶぅっ!?」

「うわ!?」


なんだなんだと顔をあげると、そこにいたのはなんとお兄ちゃん。


「えっ、お、お兄ちゃん!?」

「あれ、葵」

「あれ、じゃないよ! まだ夢から覚めてなかったの!? な、なんで」

「ああやっぱり。これ夢だったか」

「やっぱり、て」


お兄ちゃんはいつもと何一つ変わらない様子をして落ち着いたまま。そしてそのまま会話を続けようとして、私は黒先輩と赤先輩を思い出し、お兄ちゃんは私の怪我を見た。


「隠れなきゃ」

「葵、その怪我はどうしたんだ」


同時に言ったが、お兄ちゃんは私の言葉なんて聞かずにそのまま座らせた。座らされたのは机で、私がきょとんとしている間にお兄ちゃんはハンカチを取り出して血を拭き、ネクタイで傷口を縛った。続いて腕の応急処置をはじめようとしたところで、私は廊下の足音を聞き、お兄ちゃんを離した。


「待って待って。お兄ちゃんは早く逃げて。危ないから」

「何が?」

「なんでもいいから、とにかく……」


足音はすぐそこだ。逃がすよりも隠した方がいいかもしれない、と私は机から降りてお兄ちゃんの手を引こうとしたが動かない。


「ちょっと、お兄ちゃん」


お兄ちゃんは動かない。お兄ちゃんを隠さないと捲き込んでしまう。彼は関係ないのに。


「葵、何があったか説明してくれ」


すこしの間をあけてからお兄ちゃんはあくまで優しく、しかしその目は強要する光を宿して私に聞いた。しかし私は口を閉ざす。話すには時間と覚悟が必要だ。どうせ消えてしまう夢の中であっても、私のことをお兄ちゃんに話す勇気がない。
この境遇は、ただ先輩たちに襲われたという話だけに留まらない。散々トリップをして、私が一体どれだけお兄ちゃんの思う妹でないか知られるのが嫌だった。素直に言ってしまえば、それは恐怖だ。怖いんだ。


「……ごめん」


そう謝ると、お兄ちゃんは黙って私の頭を撫でた。


「じゃあ、この話は別の時に。また」


さて、お兄ちゃんは何に対して「この話」と言ったのだろうか。
私の境遇か。もしくは、その両手に握っている銀の剣のことか。