ああ、と頭を抱えた。
白く破れていく世界のなかで私は取り戻した記憶を思って後悔した。なんて容易に塗り替えられる記憶なのだろうと鬱憤を漏らす。


「恥ずかしい……。頭がキレる方じゃなかったけど、私ってここまでバカだったの……」


花岸葵は記憶を取り戻した。洗脳から解き放たれ、正常を取り戻した今となって、つい先程までの自分自身を嫌悪した。まさか旅の仲間を忘れてしまうなんて。ましてや智雅くんにいたっては体感時間にして何十年、もしくは何百年と連れ添った仲だというのに。
しかし今は後悔なんてしている場合ではない。この世界が崩壊しつつあることは確かなのだから否が応でもトリップするだろう。その前に早く二人と合流しなくては。

私は立ち上がる。つい先程までの目の前にいた兄は夢が覚めたのか、消えてしまっていた。

お兄ちゃんの寮を出て、世界の半分以上が色のない素肌を見せるなか私は考える。あの智雅くんのことだ。きっとこの世界の神を殺すに違いない。神がいるのはこの世界で一番高い時計塔。そこへ侵入するには神の許可が必要だから、きっと智雅くんと山田さんは一緒にいるはずだ。
急げ。トリップしてしまう前に、早く。また一人でトリップをしたくないんだから。


「待て、葵。どこに行く?」


駆ける私を止めたのは黒先輩だった。この崩壊が進んだ世界でいまだに夢から覚めていない人がいたことに驚いて私は足を止めた。


「時計塔には行かせない」


そう言って右の茂みから白先輩が。


「ごめんね。悪いけど、これが俺達の役割だから」


赤先輩が背後から現れる。
黒先輩、白先輩、赤先輩が私を取り囲んだ。

思えばこの人たちは異質だった。この世界では基本的に私の見知った顔の人物たちで私の周囲の人間関係は形成されていた。私の友達としての位置にいた少女だって、名前は知らないがいつかどこかの世界で出会った少女。それにお兄ちゃん、明、光也。それなのにこの三人だけは名前を知らないどころか、出会ってすらいない。初対面なのだ。


「あなたたちは私の監視をしていたんだね」

「否定はしない」

「……私を、どうやってこの世界に繋ぎ止めておくつもり?」


腕をまくる。そして構える。
黒先輩はカチリと音をならして、拳銃にナイフを装着した。
白先輩は背負っていたアサルトライフルの安全装置を外して私に向けた。
赤先輩は地面に突き立てていた大剣の鞘を引き抜いた。

三人も同時に相手取ることができるほど私に力はない。だが、それでも私はこの三人を切り抜けて時計塔に進まなくては。私の力で!