「なるほど」


智雅は空になった手をおろして肩をすくめた。苦笑いを浮かべた表情は、どうしてか葵の心を揺さぶる。


「洗脳が強すぎたんだね。葵ちゃんはいったん寮に帰ってくれないかな? 今日は学校ないと思うし」

「え?」

「またあとで迎えにいくよ。あ、理貴の側にいるってのも有りだと思うよ」


言い終わると智雅は颯爽とその場から離れていった。途中ですれ違った理貴に葵の側にいてくれと話をして駆ける。
智雅は笑っていた。運動会のリレーをしているかのようなワクワクと緊張の楽しさがあった。大声で「神殺しー!」なんて叫んだ頃には山田のいる研究室に到着していた。


「なんだ、騒々しい」

「山田! この世界の神を殺すことに決めたよ!」

「はあ?」


意気揚々と開口一番に智雅は無邪気な笑顔で言った。山田は片眉を下げていつも通り、つまらなそうな表情をしている。


「神ってだけでも腹が立つのに、旅の妨害をするとか意味わかんないから」


昨日ーーというより、前回は山田の案内で記憶を取り戻した葵とこの世界の創造神へ会いに行った。しかしそこでは問答無用で、神の我が儘によって葵は洗脳を受け、再びリセットされてしまった。洗脳された葵はその事を知るよしもない。さらに強い洗脳を受けた葵の記憶を取り戻すには神に洗脳を解かせるしかないのだ。なにも殺さなくてもいいのだが、智雅は殺さねば気がすまないようだ。


「また神の居場所まで道案内を頼むよ、山田。これで最後にするから」

「ああ、この世界は肌に合わないと思っていたところだ。構わん。案内してやる」


意外にも山田から応の返事を聞くのは容易かった。煙管を口にそえながら堂々たる様で歩く山田の隣を智雅が行く。
外へ出れば、そこは空間の隙間に白い切れ目が所々現れていた。ふと智雅が後ろを振り返れば、自分達が出てきた扉は真っ白に消え失せている。その真っ白がこの世界の本当の姿である。


「よくもまあ、見てくれだけ集めたものだ。滑稽よ」

「同感」


鼻で笑い、世界を嘲笑する山田は偉そうな口を叩く。さすが、神話にて悪名高きヤマタノオロチ。蔑ろにするのは十八番のようで、白い切れ目に煙管の灰を振り落としている。

神がいるのは唯一崩壊を免れている、この世界で一番高いところ。時計塔だ。きっとそこで神は見てくれだけの世界を眺めていたことだろう。

そこには、あまりにも神々しい真っ白な少女がいた。
素直に一糸も纏わず美しい姿をさらけ出し、その上をあまりにも長い絹のような白の髪が流れる。長く白いまつげの内側にあるだろう瞳は閉ざされたまま。吸い込まれそうなほど透明な肌に、ほんのり差す紅は唇と頬。
まるで石像のように静かにその少女の姿を模した神は玉座に座り、どうしてか思わず崇めてしまいそうなほど神聖で純白な姿には吐息を漏らしかねない。

直視することすら躊躇われるほど清純なその場に、智雅は土足で堂々と入っていく。山田は胸くそが悪いといって出入り口で行儀悪く煙管をくわえていた。


「俺たちのために死んでね」


智雅は拳銃の安全装置を外し、銃口を神に向けた。その銃弾は山田が生成した特殊なもの。
俯いてずっと下のほうを向いていた神がぴくりと動いた。