朝だ。
ああ、たしか、今日は、大学の先生に呼び出されていた、はず。
重たい体を動かして起き上がる。頭が痛い。

ーーなにか、忘れているような気がする。


「学校……いかなきゃ」


ミシミシと体が喚く。昨日は特に体を動かした、だとか、そんなことはない。特別疲れるようなことをしたわけではないのにどうしてか体は疲れきっていた。

先生に呼び出されていることなんか忘れて、私はいつもより早く教室に着く。
思考が遅い。意識がぼんやりとしている。
風邪ではないようだが、どうしたというのだろうか。


「ちょっといいか、葵」


誰もいない教室で、ぼーとしていると声をかけられた。あの人は黒先輩ーー誰?ーーだ。私をずいぶんと探していたようで、息が乱れている。


「黒先輩。どうしたんですか?」

「敵軍が攻めてきた。いいか、非戦闘員のお前ははやく地下基地に逃げ込め!」

「……敵軍……?」


なにそれ?


「いいから、はやく!」


黒先輩は私の腕を強引に引いていく。
なにを言っているのだ? 地下基地なんて知らない。敵軍ってなに?


「まっ、待って黒先輩! どういうことですか!」


腕を振りほどく。目の前にいる黒先輩に問おうとして、私は言葉の行き場を失った。目の前にいたはずの黒先輩がいない。


「え?」


私が口を開けて呆然としていると、二つ分の足音が近づいていることに気が付く。回らない頭でそちらを見ると、明と光也が私の方に掛けてきていた。「えっ!? 葵!?」なんて驚く声を発している。


「二人とも、どうしたの?」


明は大鎌を、光也は剣を二本持っている。明の回りには直径五センチほどの鉄の球が浮遊していた。どうみたって戦闘体勢。


「どうしたもこうしたも、狩人がここを徘徊してるから……! 葵がこんなところにいたら危ないよ! 避難しないと」


明はあわてて私の手をとる。光也は私の背中を軽く押して、どこか安全な場所へ連れていってくれる。
私はなにがなんだか分からない。
さっきまでは黒先輩が。次は明と光也が。よく分からないことを言う。


「葵ちゃん!!」


廊下のずっと奥。背中の方で聞き覚えのある声。
しかし、それが誰なのか私には分からない。


「子供は残酷なんて言うけど、たしかにそうらしい」


背中の方からする声は呟く。


「俺に明ねーちゃんたちを殺せないと分かってるみたいだ」


この言葉のあとになにか知らない言語がした。そのあと、明と光也の姿が消える。


「葵ちゃん、大丈夫!?」


駆け寄ってきた少年は私の肩をつかんで至近距離で心配してくれた。が、私は少年に関する記憶が真っ白に抜け落ちていた。


「……あなた、誰?」


私は過去に少年を知っていた。知っていたことを私は知っている。しかし、少年に関するすべてを思い出せない。


「葵……、君、どうやら重度の洗脳を受けてるみたいだけど」


金髪の少年はーーめずらしくーー目を見開いて驚いていた。


「世界が壊れかけてる。限度が来たんだ。きっと今ならトリップできるよ。予兆もそろそろ来るはず。山田のところに行こう」


少年は明と違う手を掴んだ。
私はとっさに、怖くなって振り払う。


「なに、それ? 待って、どういうことなの?」


恐い。怖い。この少年が。
私をどこかへ連れていく手だ。
どうして? どこへ?


「なに、なんなの? 世界ってなに? 私をどこへ連れていくつもりなの? 私の居場所は……」


言葉は続かない。その先の言葉が分からない。少年が優しく微笑んでいる。
水分の少ない声をなんとかもらす。よくわからなくて、言葉を失ったような声しか出ない。

頭は真っ白だ。