山田さんの研究室はお酒臭かった。つんと鼻をつくアルコールの香りに口元を抑える。私が真っ先に行った行動は換気だ。寒いなんて文句を言われたが、無視だ無視。横暴な神様の言うことなんて聞きませんよ!


「ぷはーっ、臭かったー!」


なんて素直に窓へ駆け寄る智雅くん。山田さんに睨まれてますよ。


「えっと、山田さん。お久しぶりです……」

「ずいぶんと待たせてくれたな小娘。昨日を何度繰り返したことか。付き合わされる俺の身にもなれ」

「本当に申し訳ないです」

「葵ちゃん葵ちゃん。山田はなんもしてないからね。いっつもここで酒飲んで文句ばっか言ってたからね。この世界の解析しかしてないからね?」


智雅くんはそろそろ山田さんの逆鱗に触れそうな発言は控えたほうがいいんじゃないでしょうか。ヤマタノオロチに対して怖じけないというか、恐いもの知らずなのは長所と言えば長所なんだけどね。その恐いもの知らずに何度も救われたけどそれと同時に危険な目にもあってきたわけなんだけど。


「それより本題なんだけどさ」


窓のそばに座ると、智雅くんはさっそく話を持ち込んだ。
この世界のことは聞いている。いろんな世界の人々を夢の世界として誘い、見よう見まねの不完全な世界を構築している。その主犯は未成熟の創造神。


「葵ちゃんは今までにトリップの予兆とかあった?」

「……なかった」

「だよねー」


タバコの臭いがふわりと香る。くらりと目眩がしそうだった。とてつもなく嫌な予感がする。明るい智雅くんの声とは違う色をだす私の声に智雅くんが困ったように笑った。


「この未成熟の神ってやつ、力だけは有り余ってるみたいで。葵ちゃんをこの世界から出したくないみたいなんだよ」

「つまり……?」

「今、葵ちゃんは強制的にこの世界に縫い付けられてる。あー、秀政と久太郎もこの世界にいたら簡単に脱出できたんだろうけど」

「えっ? 縫い付けられてるって、それって」

「要は監禁されてるってことだね。閉鎖的ではないし自由ではあるんだけど、脱出できないっていう点では監禁ってことになるんじゃないかな? しかも葵ちゃんの記憶を塗り替えて」

「なんで私?」

「そりゃあ、夢の幻影じゃなくて本物が来ちゃったからね。向こうもビックリ。大歓迎。ずっとここにいて欲しいって思ってるんでしょ」

「わがままな神様。あ、でも神様ってみんな……」


山田さんに視線を向ける。あっ、やばい。不満そうな顔で私を見てた! なんでもないと、あわてて取り繕う。
それにしたって、なんだか子供みたいな神様だ。見よう見まねの世界といい、パワーだけはある創造力といい、身勝手なわがままといい。


「このままこの世界に永住するつもりはないからどうにかしなくちゃ」


きっと創造神は私たちを、というか私を死ぬまでここに居させるつもりだろう。こんな微睡みのなかに私は暮らすつもりなどない。私の帰るべき場所はここじゃない。私は、お兄ちゃんやお父さん、お母さんがいる世界に帰りたいのだ。


「でも、どうしたらいいんだろ?」

「直談判すればいいだろ」


首を傾げると山田さんは規模違いのことをさらっと言ってくれた。えっと、直談判ですか。