朝起きると、体調不良はすっかり治っていた。軽くなった体を起こして、薄暗い世界のなか、床で寝ているお兄ちゃんに布団をかけた。まだ時刻は5時前なんだけど、目が冴えてしまっている。早いけど朝ごはんでも作っていようかな。

お兄ちゃんが起きたのはちょうど朝ごはんを作り終わってからだ。なにかに叩き起こされるように起きたお兄ちゃんは真っ先に私の体調を心配してくれた。それから朝食を食べ、朝の準備をする。今日は登校するのだ。私の学生鞄のなかには、実際の私は持っていない携帯電話が入っていて、黒先輩、白先輩、赤先輩、それからクラスの友達からそれぞれ心配の着信があった。
それらに返信し終わったころ、ちょうど7時くらいに智雅くんが元気よく我が家へ突撃してきた。


「おっはよー、葵ちゃん! 元気になったみたいだね!」

「おはよう智雅くん」

「はよー。朝っぱらからテンション高いなあ」


ふああ、とあくびを洩らすお兄ちゃんに「理貴ってば情けなーい。まだ眠いの?」とニヤニヤ笑いながら智雅くんが絡む。


「智雅くん朝ごはん食べた?」

「食べてないよ。あるの?」

「あまってるから用意するよ」

「葵ちゃんいいお嫁さんになるねー」


お兄ちゃんが智雅くんの言葉で転んだ。制服の上着を取りに行く最中、盛大に転んでくれた。……ちょっと恥ずかしい。まったく、私はお嫁に行く以前の問題を抱えてるんだからまだまだ先のことだというのに。


「いっただきまーす!」


朝食を用意すると智雅くんが頬張った。私はそんな風景を眺めながら窓の外に、ふいに目を向けた。このくらいの時間ならば、運動部の人たちが登校しているだろうと思って、外を眺めようとした。
しかし、窓の外は一面の真っ白。


「――え?」


これは……、前にも見た。なにもない真っ白な世界。窓に白い紙でも貼ったかのように、ただ白いのだ。窓ではなく壁を見ているのではないかと疑ってしまう。


「なに、これ」


不意に、不安を覚える。とっさに智雅くんに近寄った。


「智雅くん、外……」

「そう。あの真っ白が本来のこの世界だよ。夢として招いた人の記憶からこの幻想の学園を作り出してるだけ。本当の裸の姿は、あれ」

「お兄ちゃんや、明たちから記憶を読み込んで?」

「そういうこと」


なんて中途半端な世界。定義を知らない神が見よう見まねでつくった遊びのような世界だ。はじめてそんな世界にトリップしたな、なんて茫然と思う。
「ごちそうさまー」なんて元気な声で智雅くんが不慣れな手つきで片づけをした。そして私たちはぐだぐだと朝を過ごして寮を出た。ドアを開けたらその先は窓と同じように真っ白なのではないかと杞憂してしまった。ちゃんと廊下があって、問題なく世界は機能していた。


「葵ちゃん、今日の昼休みに山田の研究室まで来て」

「うん、わかった」


首を傾げるお兄ちゃんを差し置いて約束をする。私が記憶を取り戻してから山田さんと会うのは初めてだ。その世界を解読した山田さんなら詳しい事情を知っているだろう。そのうえで、今後私たちはどうしたらいいのかアドバイスを聞き出すことが課題だ。このままこの世界でトリップするまで過ごすのか、脱出をするのか。まずはじめの問題点といえばここだ。