「ああもう、なんで忘れてたんだろ!」


私は体調不良など吹き飛ばす勢いで立ち上がると、智雅くんを視界におさめる。はしっこでお兄ちゃんが困惑しているが、まあ、とりあえず放置。

私は智雅くん、山田さんと異世界をトリップしていたはずだ。きっとこの世界にもトリップしてきたのだろう、が。私は当時のことをよく覚えていない。というのも、気がついたらここにいて、中等部の生徒として存在していたのだ。当たり前のように。トリップのことなどすっかり忘れていて、まるでこの世界の住民であるように。


「ここはそういう特殊な世界なんだよ。この世界に来て半年。俺たちがここに来たときのこと覚えてる?」

「ううん。覚えてない。気が付いたら寮で目が覚めて、ここに……」

「ここ、上も下も左右もない真っ白な世界だったんだよ。もう何にも例えようがない真っ白な世界に立ってたんだ。まあ『立ってた』んだから地面はあったんだろうね。ほかはなんにもない白」

「でもここに生活、学校があるよ。真っ白な世界に唐突にできたっていうこと?」

「そ。この世界には唯一の神様がいたんだ」


智雅くんの話では、この世界は出来立ての世界らしい。
なにもない頃、一柱の神様しか存在しなかった。その神様が「寂しいから」と世界をとにかく作ろうとしたんだそう。


「でも世界を想像するなんてそう簡単にできることじゃない。神は、異世界から客を呼びつけて世界を想像することにした。一から自分で創るんじゃなくて、おもちゃ箱みたいにかき集めた」

「……集められたのが私たち?」

「うん、そういうこと。まあ俺たちは実は例外なんだけどね。本来、客は理貴や明ねーちゃんみたいに夢として連れてくるんだよ」

「えーと、夢として? ……と、いうことは、お兄ちゃんや明はここに存在するんじゃなくて実態してるのね。お兄ちゃんたちからすればここは夢の中。起きれば忘れてしまう世界」

「理解がはやくて助かるよ」

「伊達に死ぬほどトリップしてないよ」


お兄ちゃんの目の前でこんな話をしてしまったが、さて。ちらりとお兄ちゃんを盗み見るとお兄ちゃんは「こいつら何言ってんだ」と言わんばかりにぽかんとした顔をしていた。

たとえ本物ではなく夢の中だとしてもお兄ちゃんに再会できたのは、嬉しい。
私はつい、お兄ちゃんと距離を詰めて隣に座り込む。


「えっと、どうした? 葵」

「なんでもないの。ちょっとお兄ちゃんに甘えたいだけ」


ああ、暖かい。
……はやく家に帰りたいなあ……。