鍵は無事みつかり、智雅くんは律儀にも「こんどちゃんとお礼したいから連絡先教えて!」と言った。連絡先を教え、別れたあと少女とあの金髪くんは将来いい子にそだつね、と雑談をした。しかし、初等部の子が中等部の食堂に来るなんて、どうしてなのだろう?


「あの智雅くん、教科書持ってたじゃない? 中等部の先生に用があったんじゃないかな?」

「文化祭前なのにえらいね」


もう二週間後に文化祭を控えてる。学園内はすでにお祭りムードで、放課後は文化祭の準備に取り掛かっているのだ。手の込んだクラスは朝や昼休み中でも準備をしている。ちなみに、私と少女のクラスは屋台をやることになっている。主に忙しいのは当日というわけだ。


「私、あの子見たことあるような気がするんだよね」

「そうなの? でも同じ学校にいるんなら見かけたことくらいはあるんじゃない? あんなに綺麗な子、ちょっと見掛けたら忘れられないけどな」

「知らず知らずに覚えてたー、みたいな?」

「そうそう」


彼女の言葉に納得しかけて、私は踏みとどまる。うん、なんだか、そうではないような。それとは違うような。しかしいくら考えても答えなんて引き出されないのだから、とりあえずそうしておくしかないだろう。

智雅くんの鍵を探していたらなんだかんだで昼休みの時間を食い潰していた。私たちは五時間目の授業があるため、教室に戻る。
五時間は数学だった。将来のどこに役立つのか分からない勉強をしたあと、私の携帯にお兄ちゃんから連絡が入っていることに気が付く。単に寄り道の誘いだった。……お兄ちゃん、妹じゃなくてクラスの女の子とか誘えばいいのに。

待ち合わせは中庭。お兄ちゃんとはすぐに合流できた。
さっそく妹ではなく別の人を誘えと文句を言ってみると「変な夢を見て、葵に会いたくなった」だそうだ。それこそ好きな人に言うべきだろうに。


「ところで、変な夢って?」

「いや単純だよ。葵に会えなくなる夢。急に寂しくなって」


学校の敷地内にある喫茶店に座り、それからお兄ちゃんはその夢を語った。確かに、それはただ単に会えなくなる話で。私が迷子になって、探しても探しても見つからないのだとか。


「……葵」

「うん?」


注文した商品が届くまで夢の話をして、カップが空になるまで静かにしていたお兄ちゃんが意を決したような、強い瞳で私の視線を貫いた。


「神の存在って信じるか?」

「え、え? 急にどうしたの? なにか変な宗教にでも誘われた?」

「いや、単純な疑問だ」


はあ。
今日は変な質問でも受ける日なのかな。

神、か。神様なんて、あまりに超越したものだ。信じる人と信じない人は大勢いる。果たしてどちらが多くて、どちらが正しいのかなんて、宇宙のチリ一片しかない私には到底分かり得ない。


「信じるとか、信じないとか以前に、わからないなぁ」


どうしてか、意識がぼんやりする。思考がなにかに妨げられる。


「そうか。じゃあ葵。人が目の前で死ぬのは平気か?」

「うん。平気」


その質問はあっさりと問われ、あっさりと答えた。
私が考えるよりもはやく、まるで条件反射のように。


「じゃあ、この世界を壊しても驚かないな」


お兄ちゃんの手には銀色の剣が。両手にそれぞれ。その銀色の剣はまるで冷気を放っているようで、喫茶店のなかが急に冷え込んだ。


「思う存分暴れよう、モルス――」

「お、お兄ちゃん?」


お兄ちゃんは、花岸理貴は、その集中を刃の切っ先に乗せた。