朝の不思議な出来事からはや数時間。昼休みの時間となった。私たちの学校は中等部から給食はなく、昼食はそれぞれでとらねばならない。
私は同じクラスにいる友だちとともに食堂へむかってご飯にすることにした。


「葵、今日はなにを食べる?」


長く艶やかな茶髪を靡かせて優雅に少女はこちらを向いた。その問いに、私はメニュー表へ視線を動かす。数多くの料理の写真と名前のある表をじっくりと眺めて考えた。今日はお弁当にしようと思っていたから悩んでしまう。


「日替わり定食にするよ」

「あっ。じゃあ私と一緒だね」


少し照れ臭そうにはにかむ少女。私も釣られて笑った。昼食を買い、確保しておいた席にもどって食事にした。本日のメニューは、さばの竜田揚げを主菜にした色とりどりのご飯である。デザートにプリンを追加で購入し、それぞれ口に頬張っていく。
完食した食器を片付け、食堂を出た私たち二人の目に入ったのは、金髪の少年であった。

いや、正確には食堂の出入口付近で、困り顔をしながらうろうろしている金髪の少年。


「あのこ、どうかしたのかな?」

「ちょっと聞いてみようか。なんだか困ってるみたいだし」


私と少女は、その金髪の少年に近付いた。「どうしたの?」と話しかけられた少年は心底嬉しそうに、助かった、と安堵した。


「あの、俺、落とし物しちゃって」

「落とし物?」

「うん……。さっき人にぶつかって。その拍子に」

「何を落としたの? 一緒にさがすよ」

「寮の鍵なんだけど」


ええ!? すごく大切なものじゃん!
鍵がないと部屋に帰れないというのに!
金髪の少年は申し訳ないと項垂れる。私も少女は顔を見合わせて、しょうがないと肩をすくめた。昼休みの時間配分まだたっぷりと残っている。


「俺の鍵、見掛けたら教えて。俺は初等部の智雅」

「智雅くん、だね。私は中等部の花岸葵。さっきも言ったでしょ。一緒にさがすよ」

「えっ、でも……」

「気にしないで。時間はまだあるんだし」


私の連れ添っている少女も笑顔で頷く。私たちは智雅くんの鍵を探す気が満々なのだ。智雅くんは照れ臭く「ありがとう」と言った。

――それにしても、だ。
この智雅という少年と私はこれで初対面なのだろうか。どうにも私は「智雅くん」と何度も何度も呼んだことがあるような、慣れ親しんだような、響き。言葉は「智雅くん」を知っていて、初対面なのにどこか覚えがある。
そういえば今朝の怖い先生も、あの威圧感には覚えがあった。
しかし私は彼らを知らないはずだ。だって、生まれてこのかた出会っていないはずなのだから。