えっと……?


「はい?」


何を、言っているのだろうか。というか何の話だろうか?
目の前にいる接点のない先生は真顔。真剣な表情をこちらに向けているが、話が見えない。記憶……とは、なんのことだろうか。


「はっ。まったく心当たりがないといった顔だな。俺の買い被りか……。まあ想定内だ。おい」

「えっ、あ、はい」

「お前が生まれてからここに至るまでの経歴を話してみろ」

「え?」

「いいから話せ、屑」


教師にあるまじき暴言だ。


「別に、普通ですよ? 学園があるここみたいな都会のはしっこより、もっと端。田舎のほうに生まれて小学校まで通って、中学から兄と一緒にこちらへ入学したんですけど……。あの、私の経歴がどうしましたか?」

「お前はその経歴に違和感はないのか」

「違和感?」


まったく違和感なんてない。あるわけがない。これが私の歩んでいる人生で、嘘などない。まだ歴史の浅い花岸葵だ。
あきれた様子を見せる先生は「半年も気付かないとは、鈍ったな」と心当たりのない文句を言われる。あんまり一方的に文句を言うものだから私だって反論しようとして口を開いたが、自然と閉じた。私の意思に反して、言葉を失ったのだ。


「もういい。出ていけ」


その言葉に、素直に出ていく。校舎を出ていくと、赤先輩が私を待っていてくれたみたいで、スクーターで中等部の校舎まで送ってくれた。

一方、私――葵が出ていったあとの研究室では「先生」と呼ばれていた山田が煙草に火をつけて椅子に深く背中を預けた。


「葵ちゃん、完全にこの世界に洗脳されてるみたいだね」


一連の会話を、同室で静かに聞いていた智雅が久しぶりに口を開いた。葵は智雅の適応能力で気が付くことはなかったが、その少年は山田の隣にずっと居た。

花岸葵は忘れている。

己がトリップ体質であるという悩みも。永遠のような長い月日を。自分自身がただの人間ではないことを。そして当然、智雅という不老不死の異能者も。山田という世界を滅ぼした神を。


「ま、山田には向いてないだろうから俺が葵ちゃんに近付くよ。今ので山田、けっこう警戒されたよ? 変人って思われてるんじゃないかな。あながち間違ってないけど」

「死ぬか?」

「だーって、処女厨じゃーん」

「やり手を丸め込んで涙して乱しまくるのが俺の好みだ。はじめから怖がっている女を下しても面白味がないだろ」

「別に山田の好みとかやり口なんて聞いてないんだけど」


智雅は座っていた椅子から飛び降りると、山田の研究室から出ていくため、ドアノブに手をかけて、動きを止めた。


「山田って何を担当してる教師ってことになってるの?」

「知らん」

「……古典だよ」


智雅は山田の研究室にある参考書や教科書を視界に入れてため息を隠さなかった。


「さっさと行け、小学生」

「はいはーい」


葵のあとを追うように智雅はソファに放っておいたランドセルを取ると研究室を出ていった。
残された山田は、朝っぱらから盃と酒を取り出してゴトンと机に置いた。それから天井を仰ぎ見、目を閉じる。そして「糞みたいな世界だな」と呟いた。