「おはよう、葵」


いつものように朝、学校へ登校するとお世話になっている黒先輩が私を見つけて真っ先に挨拶をした。真っ黒い制服に身を包み、キリリとした顔付きと男らしく面倒見のある先輩だ。もしここが女子校ならば王子どころか王さまとしてファンを集めていたことだろう。
女の私からみて、彼女はかっこいい。


「あっ、黒先輩。おはようございます!」


元気よく挨拶をすると、黒先輩は「よくできました」と私の頭を優しく撫でてくれた。私を気遣うような手付きと暖かい微笑が心地よい。
黒先輩の面倒見の良さと男前な性格には私たちのような下級生にファンが多い。


「中等部の朝は早いのか?」

「あ、いえ。今日は先生に呼び出されてまして」

「何かしたのか?」

「……それが、心当たりが無いんですよね」


はて、と首を傾げて考えてみたものの、まったく訳がわからない。私はごく普通の生徒で、悪いことなんかやっていない、と、思うんだけど。私を呼び出した先生はいつもどこかでダラダラと過ごしていて働いているところを誰も見たことがないという謎を極めたような先生なのだ。私と接点なんてないはずなのに、なんで?


「ああ、すまない。雑談をしてしまったが、時間は大丈夫か?」

「あ」

「この学校は広い。呼び止めてしまって申し訳ないな」


初等部、中等部、高等部、そして大学まである全寮制の超巨大学園。それが私の通う学校である。
私は中等部に通い、黒先輩やお兄ちゃんもここの高等部に通っている。学園はあまりに大きく、一つ分の町ほどの大きさに匹敵する。学内にも店がいくつも並んでおり、まるでちょっとした町のようなのだ。

それほどまでに広いのだが、移動はもちろん徒歩。
黒先輩に手を降られながら私は急いだ。
ここはまだ中等部の校舎。先生がいるのは大学の校舎だ。いったい、なんキロあるのか……!


「あれっ。早起きだねー、葵」

「ああ、白先輩! すみません、また今度!」

「ガンバレー」


黄色のヘッドフォンで音楽をノリノリに聞いている白先輩の横を通り過ぎて先を急いだ。……ちなみに、白先輩が童謡とデスメタルしか聴かないのは一部の人間に密かに広がっている情報である。


「あ、そうだ葵」

「なんですか白先輩」

「あっちにスクーターに乗りながら一服してる塊がいる」

「ありがとうございます!」


それはきっと赤先輩だ。そして白先輩に指された先にはやはり、赤い服が特徴的な赤先輩が炭酸水を飲みながら爽やかで幸せそうに笑っていた。
私は一服している赤先輩のスクーターの後ろに乗ると、大学まで急いでほしいと伝えた。


「ええー? 俺まだ飲んでるし……。まあいいけどー」


ぶー、と口を尖らせて赤先輩は文句を言いながら発進してくれた。私のわがままに付き合わせて申し訳ないです……。
赤先輩のおかげで指定された時間に大学に着いた。お礼にお昼のために作っておいていた弁当を渡すと、案の定弁当なんて持っていない赤先輩は大喜びであった。

赤先輩と別れ、大学内にある先生の研究室に行き、ノック。中に入ると、いつも着物姿の謎の先生が椅子に座った状態でそこにいた。
光を喰うような黒髪と黒目。目付きの悪い三白眼と血色の悪い肌。首から下げている数珠のような首飾り。どこか時代を忘れてしまったかのような風貌と、黙ってそこにいるだけで心臓を握られているかのような威圧感。

その先生は私を見ると、第一声を放った。


「小娘、記憶はあるか」