全身を海面に打ち付け、その衝撃で鱗のない素肌から血を流す。それでも水龍は暴れることを止めなかった。嵐のせいか、水龍のせいか、波が高くなり、船が大きく揺れる。てきとうに打ち付けてある柵を抱え込むようにして掴んでいなければ、海に降り下ろされてしまう。


「葵ちゃん、危険だから船のなかに入ろうよ」

「嫌だ。秀政くんと久太郎くんが頑張ってくれているんだから、このくらい……」


何もできないから、せめて見守るくらい許してほしい。
波がうち上がり、甲板を水浸しにする。水の力は大きい。うち上がる波に拐われてしまう恐怖だってあるが、それよりも秀政くんと久太郎くんの二人の方が、もっと危険なのだ。

――いい加減、自分の弱さに頭に来る。
ただ、ただ単純に力がほしい。守ってもらってばかりではなく、誰かを守ることができるくらいの、力が。私が甲板に残るのは、悔しさが由来する。ギリリと歯ぎしりを立てるほど悔しいのだ。そう、見守っていたいだなんて綺麗な観点を私はもっていない。悔しい。それだけの理由で見ているのだった。


「でも葵ちゃん。この波に呑まれてしまったら」

「いいではないか。小娘の好きにさせれば」

「……」


智雅くんと山田さんの話はこれだけしか聞こえなかった。私は秀政くんと久太郎くんに夢中で、よく聞いてはいなかったが、平穏な空気が流れているわけではないようだ。智雅くんは、私の腕をガッシリと痣ができてしまうほど強く遠慮なくつかんで、片手で船の手すりに触れる。「あんま無茶しないでね」と、少し拗ねたような声で言った。私の行動を尊重してくれたのは嬉しいのだが、掴まれた腕が非常に痛いのですが……。

秀政くんは、暴れる水龍に刃を立てる。まっすぐ、その刃がスライドした。
そして一瞬のうちに水龍は真っ二つに分けられ、海面に浮かぶただの肉となった。大暴れした水龍は、人間の手によって鱗をはがされ、真っ二つにされて絶命した。嵐も徐々に止み、海は平凡を取り戻していく。
あっけなく死んだ水龍の上に立っていた双子が消え、甲板に戻ってきた。


「おつかれー」

「お疲れ様。ありがとう」


私と智雅くんはそれぞれから手を離して、帰ってきた秀政くんと久太郎くんを迎えた。二人とも立派な着物が濡れてしまっている。肌に張り付き、ほぼほぼ身体のシルエットを浮き彫りにしてしまっていた。秀政くんの後ろで久太郎くんが溜息を吐きながら着物を整えている。
秀政くんより久太郎くんの方が線が細いんだなあ、とだけ思っていた私を智雅くんがじっくり見ていて、どうかしたのかと首を傾げてみた。


「ま、そういうとこも良いと思うよ。可愛げがあって」

「?」

「ははは」


智雅くんは呆れているような。私を見ていたから、私に? なんで?
秀政くんの方からも、智雅くんと似た乾いた声と共に「都合の良い鈍感ぶりですね」と毒舌が飛んできた。


「さて、区切りもいいことですし、僕たちはこのままこの世界から離脱します」


秀政くんは唐突にさも当然のように私たちに別れを告げた。離脱……、つまり、トリップ。うむと頷く久太郎くん。どうやら二人とも今ここでトリップし、私たちと別れるつもりらしい。