水龍が天に向かって叫んだ。船が震え、波が震える。
それに怯む私。明らかな敵意。明らかな殺意。
水龍はこちらを睨むや否や、船に向かって突進をしてきた。あの巨体を受け止める術をわたし達は持っていない。
だめだ。
とっさに目を瞑った。


「――」


衝撃は来ない。
不思議に思い、そっと目を開けると水龍はわたし達に背を向けていた。まるで私たちが客観的に水龍の攻撃を風景のように眺めていただけのような、そんな場所にいる。およそ私たちがいた場所にはもう何もない。
おそらく、久太郎くんの空間支配の異能が作用したのだろう。私たちは、船ごと、空間を転移したのだ。


「智雅。ここは僕たちに任せて引っ込んでいてください。あなたの交戦は時に迷惑です」

「酷い言いぐさ。そんなにハッキリ言わなくてもいいじゃん」

「事実ですからね。嘘は言いませんよ」


秀政くんはそう言うと、久太郎くんと目を合わせる。合図はない。それだけで二人は呼応した。
私たちの目の前から、甲板から姿を消す二人。そして空間を裂くように、秀政くんと久太郎くんは水龍の上空に現れる。落下速度を威力にかえる。刀は水龍の首を、槍は水龍の目をそれぞれ狙った。
久太郎くんの槍はまず、水龍の左目を突いた。そして空間をぐにゃりと歪曲させる。左目を突いた槍の刃は右目から飛び出てきた。こうして、一瞬で、同時に両目を潰す。
一方、秀政くんの刀は堅い鱗に妨害されて、水龍に怪我を負わすことができなかった。


「堅いね」

「あれじゃあどんな攻撃も効かないんじゃない?」

「そうだね……。ま、脳筋というより参謀側の秀政なら打開策のひとつやふたつ、もう思いついてる頃だと思うんだけど」


智雅くんは落ち着いて、海上にいる双子を楽しげな表情で見守っていた。私は不安を隠しきれないまま、目を凝らして彼らの無事を祈る。

目が潰れた痛みで水龍は激しく暴れた。その身を海面に打ち付けてのたうち回り、秀政くんと久太郎くんを乗せたまま海中に潜ってしまった。あっという間に海は静けさを取り戻す。私は甲板の手すりから身を乗り出して海を望み見た。海はただ青く青く、波をたてるだけだった。

大粒の雨が打ち付けるようになり、雷や強風がなる中、私は智雅くんをみる。彼は慌てることなく、やはり静観しているのだった。


「智雅くん、二人が」

「だーいじょうぶだよ」

「でも」


不安になっている私を智雅くんが笑う。智雅くんが秀政くんと久太郎くんのことを信頼しているのは分かったが、私は不安を拭うことができない。
私が身を乗り出しているのを危険と思ったのか、智雅くんは私を連れて、相変わらずのんびりしている山田さんのところへ集合する。

ゴゴゴゴと海が呻き、海が盛り上がると水龍が再び姿を現した。その背には、刀を突き刺して膝をついている秀政くんがいる。

水龍はヒレを全て剥がされていた。自分でうまく泳ぐことのできなくなった水龍は秀政くんに操られて、また海面に姿を現したのだ。
ほっと胸を撫で下ろす。しかし安心は出来ない。まだ水龍は暴れているのだ。