嵐と呼ぶには、それは荒々しい。嵐と名付けるより、それは――。


「最悪だ」


大きく、大きく船が揺れ、波が大きくなる。いつの間にか空は黒く汚れ、大粒の雨が降るようになっていた。
智雅くんと久太郎くんが凝視する海を私も覗いてみる。智雅くんに手を繋がれ、安全を確保した状態で、荒れる船から身を乗り出した。


「黒い、大きな影……」


船の下を長く、大きな影がぐるぐると泳いでいた。身近にヤマタノオロチがいるせいか、直感でその影は大きな蛇のようだと思った。横幅はおよそ十メートル。胴の部分ばかり見えて、端などは見えない。背鰭のようなものがズズズと船をかすめた。蒼銀の鱗が肉眼で見える。黒い影の正体は分からないが、私はとっさに山田さんを見た。私の視線に気が付き、山田さんと目が合う。彼はみるみるうちに怪訝な目付きとなった。


「あんな下等生物と俺を同じだと思うなよ、小娘。怪物と神を一緒にするな」

「山田だって怪物みたいなもんじゃん。……うわっ。睨んできた」


余計な口をはさんだ智雅くんは私を盾にする。こうなると分かってるんだから言わなければいいじゃん……。


「葵、下がってください!」


私と智雅くんをまとめて背に隠し、久太郎くんは槍を構えた。同時に、海が盛り上がる。大きな水飛沫をあげ、大きな波で船を翻弄し、まるで塔のようにそれは現れた。
黒い影。――その正体は水龍。本来は神とも呼ばれるほどのそれは、この世界ではただと怪物に降格したものだった。
水晶を埋め込んだような瞳がこちらを見ている。魚にもある数多のヒレが同じようにその水龍にも存在していた。龍と魚を合成させたようなその怪物は波のような声で吼える。


「これは、人の手にあまる怪物……。もともとは神だった怪物じゃない」


私の直感に異論を唱えるものはいない。
水龍が獲物の様子を窺うように、静かにこちらを睨み付けているなか、山田さんはやはり堂々と煙管を吸っていた。


「俺は山の神だ。間違っても海の神じゃねぇ。勘違いするなよ」


山田さんは今回も手を出さないらしい。
「この世界にはこういったものが存在するということは聞いていましたが、本当に現れるなんて!」驚く久太郎くんは槍を構えたまま、愚痴を漏らす。久太郎くんとは違い、腰にさしていた二本の刀のうち一つだけを鞘から抜いた秀政くんは静かに水龍を見据えた。


「なんとまあ、典型的な悪役の怪物。倒されるのは道理です。忘れ去られ、職務放棄した神など要らぬ物。藻屑と生まれ変わるといいでしょう」


……。敬語を使って話しているせいか、丁寧だと錯覚しがちになってしまうが、秀政くん、って、毒舌家? あれってつまり「使えない神だからゴミして棄ててやる」って言ってるようなものだよね。容赦ない言葉の暴力だ。